「もう明日から昼休みにここに通わなくていいのかぁ」
ほとんど毎日ここに来ていたようなものだから、いざもう来なくていいとなると、少し寂しい。
しばらくぼへーっと黒板前の段差に座って、どこを見るまでもなく居座る。なんとなく音楽室に来てしまった放課後。
部活はグラウンド整備で休みだった。
コン、コン。と控えめに扉を叩く音。
静寂は破られて、慌てて立ち上がって扉向こうに声をかける。
「あ、先生ならいないですよー」
ガラっと引かれたドア。
そこには戸惑った顔の鳳。
「・・・え、?」
同じく、びっくりした自分。
「あれ、鳳? 部活は?」
「と同じ理由だと思う。今日はコート整備で休みなんだ」
困惑も一瞬で、すぐににっこりと笑って鳳が返事を返す。
「も、もうここに通わなくていいこと・・・名残惜しかったりした?」
「鳳も?」
2人で顔を見合わせて、同じ意思を読み取れて、笑み崩れる。
「やっぱり同じかっ」
「あははっ。そうみたいだね」
あっという間に、コンクールは終わった。
不覚にも緊張で動けなくなった自分を鳳は励ましてくれて、無事歌いきれた。みんなの歌声も綺麗に輪唱できていて、うっしゃってカンジ。
結果は、2年生代表と3年生代表クラスに負けちゃったけど、気持ちは優勝だっ。
「名残惜しいけどまた同じくらい忙しい毎日が待ってるしさ、今日はここで一区切り中ってカンジ」
また黒板前の段差に座って、鳳はピアノの椅子に座って、取り止めもなく喋る。
「・・・僕もそんな感じだった」
「心残りと言えばあれだね、1回くらい原詩でも歌ってみたかったー」
言ってからへらっと、ごまかすように笑う。
「うん。そうだね」
笑顔で頷いた鳳の指が、会話しながらそっとピアノのフタを開ける。そして鍵盤に置かれる指。一連の流れるような動作を無意識に目で追いかける。
と。
ポー・・・・・ン。
たった一音。
鳳が鍵盤を叩いたその一音、それだけで音楽室の空気が変わる。
ここは校舎内なんかじゃなくて、広い広い空間に。
どこまでも音が、空気が響き渡る世界のように。
穏やかな笑顔で見つめてくる鳳の瞳が、言葉に出さなくとも雄弁に語りかけてくる。
----歌って、と。
あー。もー。
なんでそこでタイミングよく音出すかな!
見抜かれてるみたいですっげー悔しい!
息を吸い込んで。
Im Schatten des Waldes, im Buchengezweig,
da regt's sich und raschelt und flustert zugleich.....
歌いだすと同時に、鳳のピアノの伴奏が声に合わせたかのように流れ出す。
それと。
「Ums lodernde Feuer in....」
アルトの部分を鳳がカバーして歌ってくれる。
アルトと言うには高いアルト。でもソプラノとは言えない、きっと今だけの声。
その音をずらして、自分も、
---Ums lodernde Feuer in schwellendem Grun,
すんなりと輪唱する事ができた。
2人だけの合唱。
でもお互い、かなり楽しく歌っていたと思う。
「...Es rauschen die Buchen in Schlummer sie ein. 」
鳳がなんなくアルト部分を歌いきり、
そ して自分はすうと息を吸い込んで、ソプラノソロ部分。
Und die aus der glucklichen Heimat verbannt,
sie schauen im Traume das gluckliche Land.
お祭り騒ぎの後みたいな気分になる歌詞だよな。
うんと騒いで、けど次の日は何もなかった夢みたいなさ。もうない故郷を想って歌うことは出来ないけど・・・お祭りの楽しさとその後の寂しさの気持ちならわかるな、僕も。
ふっと前に鳳に言った言葉が頭をよぎる。
『 Und die aus der glucklichen Heimat verbannt,
sie schauen im Traume das gluckliche Land. 』
そして今度は一緒にリピート。
うわー楽しい!!
顔を見合わせて2人で特大の笑顔。
鳳、楽譜も鍵盤も見なくて、それで歌も同時に歌うとは・・・器用だなあ!
es scharret das Maultier bei Tagesbeginn,
fort zieh'n die Gestalten, wer sagt dir wohin?
そして歌いきる。
「気持ちよかったぁぁぁぁぁぁ!!」
うーんと身体を伸ばす。すっきりした。なんとなく感じていた寂しさも、一気に飛んじゃうくらいに。
パン、パン、パン。
と、突然の拍手。
『え?』
自分と鳳は慌てて音の方へ視線を向ける。
「2人共よく歌いきった」
そこには、拍手をしながらたたずむ榊先生。
「なかなか聴き応えがあったぜ?」
それと、やたら見ごたえのある顔の男子生徒。
何が見ごたえって、ゴージャスなんだよ顔とか雰囲気が。威圧感っていうの? いるだけで空気を変えちゃう様な。
「榊コーチに・・・・跡部さん・・・」
ボーゼンと鳳が名前をこぼす。
榊先生はテニス部顧問で、もう一人は2年ですでにテニス部部長の跡部という先輩だった・・・。
「鳳、お前ピアノ弾けるのか」
跡部先輩に声をかけられて、とても嬉しそうに鳳が答える。
「はいっ・・・ス! ピアノとバイオリンを趣味でやってます」
ほぉと跡部先輩が瞳を細める。
「ば、ばいおりん・・・鳳、バイオリンもできるのか!」
驚いて口を挟んでしまう。
「うん。どちらかというとバイオリンの方が得意かな」
「すっげー!!」
思わず興奮して握りこぶしを作って叫んでしまう。
「え、いやそんな凄くなんて・・・」
鳳が照れたようにはにかむ。
「・・・クッ。さっきのやたら感傷を感じる歌声だったのと全く違うなお前ら」
突然跡部先輩が吹き出す。
それに応えるように自分は。
「毎日がお祭りだって歌いながら気が付きましたからっ!」
にっと笑って高らかに宣言した。
楽園はすぐ傍にあって。
君と一緒だから、きっと毎日がお祭り騒ぎ。
-それに自分が気が付くのは。
-それに俺が気が付くのは。
もう少し遠い未来のコト。
夢 に 楽 土 求 め た り E N D
2006/8/1 さかきはる