夜の踊りに疲れたまどろみの中、
 故郷を追われた者達は夢の中で楽園を見る。
 
 愛しい故郷の夢。それとも安住の地の夢。
 目が覚めればまた流浪のはじまり。
 どこへ?
 それは誰にも答えられない問い。

 

夢 に 楽 土 求 め た り 4

 

 昼休みの合唱練習は、クラスの皆の協力のおかげで順調に進んでいた。授業内で練習できる場合は歌詞の意味を理解する事に集中して、昼休みの時間は歌い方を徹底的に練習。
 全員が「流浪の民」を歌えるようになった頃、発表が行われる時期にまで迫ってきていた。
 
 
「あ゛ぁぁぁ〜ど、どうしよう・・・!」
 休み時間の合間、一人盛大に苦悩しているのは、
 それを眺めながら、思わず笑ってしまった僕。
 
「鳳!くすくす笑わない!」
 ずびしっ!っと効果音が付くかの勢いで、が僕を指差す。
「ごめん。でも皆が推薦して決めたことだし、頑張らなきゃ」
 ちょっと意地悪に言ってしまった。むぅーとが顔をしかめる。
「んなあっさり言うけどさ! ソプラノソロ歌えって・・・責任重大じゃん・・・っ」
 ちなみに、僕はピアノの伴奏担当。
 
 はまた「あー。うー」と断る理由を必死に探してはいるけれど、でもクラスで一番音域が高かったのはなのだ。
 そしてとても、普段聞いている声とは違う(ごめん)澄んだ響く透明な歌声。
 クラス全体が満場一致で推薦したのも頷けるんだ。
 
「僕もの歌声好きだな」
 そう言った途端、ドカンとの顔が赤くなる。
「ぎゃー!さっきからみんなしてそんな事言うなぁぁぁ」
 は先ほどから、皆に「歌声が好き」と言われる度に顔を紅潮させる。
 『かわいい』と言ってしまったら、の機嫌を損ねそうな気がして、皆黙ってはいるけれど・・・・やはりかわいいので皆「歌声好き」を事あるごとに言ってみていたり。
 ごめんね
 僕がピアノ伴奏に決まったとき、「鳳のピアノの音すげー好き!」と連呼して、かなり僕が照れた(嬉しかった)意趣返しで僕は言ってる訳じゃないよ。
 
 うん。
 きっと。
 たぶん。
 
 そして何限が授業と休憩を挟んだ後、
「歌う」
 と、観念したのか、決意も強くは言ってくれたのだった。
 
 
 
 
 
「この歌ってさ」
 昼休みにふと、が呟く。
「うん?」
「お祭り騒ぎの後みたいな気分になる歌詞だよな。勝手なオレの解釈だけどさ。ちょっと違うかもだけど、うんと騒いで、けど次の日は何もなかった夢みたいなさ。もうない故郷を想って歌うことは出来ないけど・・・お祭りの楽しさとその後の寂しさの気持ちならわかるな、オレ」
 
「 Doch wie nun im Osten der Morgen erwacht,
verloschen die schonen gebilde der Nacht, 」
 
 思わず、が言った歌詞の部分を呟く。歌詞の意味を理解する時に調べたドイツ語原詩。 発音もこの「流浪の民」だけならみんなで覚えたからあっさりと言えた。
 実際歌うのは日本語訳だけれども。
 
--東空の白みては夜の姿かき失せぬ
 
「うん、なんだかその気持ちなら僕にも理解できるな・・・」
 しばらく2人で歌詞の理解に没頭していた。
 
 
「慣れし故郷を放たれて、夢に楽土求めたり・・・かぁ」
 さらりと、がソプラノソロパートを読み上げて、
「あーそ、か。来年になってこのクラスを思い出す時、こんな気分になるのかな。クラス替えあるし」
 ぽん、と納得したように言った。
「気が早いね、まだ1学期だよ」
「だってこのクラス最高じゃん」
 何の気負いもなく、そう言ったが僕にはとても眩しかった。
 
 
 
 
 眩しいと思った気持ちが何なのか。
 その時の俺は何も深く考えることなく、その気持ちを記憶の隅に大切に保管したのだった

 

5へ続く