羽蝶蘭-ウチョウラン-ラン科ウチョウラン属 小型野生蘭
花色、花形などバラエティに富んでおり、長い期間楽しめる。
が、花の栽培初心者にはかなり育てるのが難しい。
1年を通してマメに世話が出来る人向け。愛好家も多い。

 

大 切 に 水 を 与 え て

 

 私の趣味は蘭の栽培。
 みんなに言うと、「若いのにシブイね・・・」と言われてしまう。
 父も母も花が大好きで、大きな花専用のハウスがあるくらいだ。
 昔から花に囲まれて育ったし、父母の花を育てる姿を見たり手伝っていたら、必然的に私も花の栽培が大好きになっていた訳。
 父は紫陽花、母は薔薇、私は蘭・・・と一つの品種に集中してしまう。
 
 愛情をうんと注いで、短い期間だけれども1年の成果が出る。それがとても嬉しい。
 蘭の中でも羽蝶蘭が私は好き。小さいけれど、とても存在感のある華麗な姿を見せてくれる。小さいから私にも扱いやすいって理由もあるかもしれない。
 
 そんな私だから、必然的に高校で入った部活は園芸部。
 通っている立海大付属高校は運動部が有名な場所だから、園芸部はとってもマイナー。今年は新入生が誰も入らなくて、在籍部員は高2の私だけで・・・3年の先輩方が部活を終えてしまった今、とうとう同好会になってしまった。
 寂しいけれどしょうがない事なのかな。
 
「うーネガティブ思考止め止め! 花に影響しちゃう」
 軽く頭を振って、温室の花や草木に水を与えていく。夏休み真っ最中なので、温室の窓も全開。やっぱり温室は暑い。
 暑さから気を紛らわすように鼻歌を口ずさみながら、大型の植木や花には豪快に先がシャワーになっているホースで水をかけていく。
 
 そして1箇所で私は足を止める。
 ちょっとホースを地面に置いて、一番風通しの良い場所に置いてある鉢へと近づく。
 遮光ネットで覆われた鉢は、私の大好きな羽蝶蘭が1株。
 今年の花はもう終わってしまったけれど、また来年会えるように新球がしっかりと根付いてる。
 
 今年咲いてくれた姿を思い浮かべて、思わず笑顔。
「来年もまた会おうね」
 誰もいないのをいい事に、軽く遮光ネットにキス。
 
 
「良いもの見させてもらったのぉ」
 
「えっ!?」
 心臓が、ばくんと鳴った。突然見知らぬ声。
 
 慌てて周囲に目をやれば、すぐ隣、温室の開けてある窓の外に、ラケットを片手に下げた男の子が1人。
 長身で、とても整った顔立ち。個性的な銀髪を後ろでまとめた人。
 どこか楽しそうな表情で私を見つめていた。
 かーっと顔が熱くなってくる。
「えと、そのど、どこから見て・・・・?」
 恐る恐る尋ねてみる。
「鼻歌口ずさみながら水撒いてる辺りからかの」
 ぽん、とラケットを肩に乗せながら答えてくれた。
 
 
 ぎゃー!!
 
 叫び声は声にはならなかったけれど体温が更に急上昇。ぱくぱく金魚みたいに口を閉じたり開けたり。
 恥ずかしくなって、つい後ずさる。
 
「っと、待ちんしゃい」
 
その男の子から呼び止められたと思った瞬間。
 
 
 
 見事に踏みつけたホースの先が暴れだしてその・・・ね?
 思い切りその彼に・・・・水の洗礼が向いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・本当にすみませんっ!」
 カバンから自分のタオルを持って来た私はそれを彼に差し出して、温室の中に入ってきた彼に謝罪。
 くっと彼は笑いながら、濡れた銀髪をわしわしと拭く。
「いやいいんじゃきに。突然声をかけた俺が悪かったしの」
 少し変わった言葉遣い。
 恐らく自分と同学年か年下・・・?のテニス部の彼を見つめる。テニス部とは全く縁がない私なので、誰だかはさっぱり分からなかった。
 うちの学校のテニス部は全国レベルらしくて・・・そんな所の人に水ぶっ掛けちゃったよ私・・・。不可抗力とは言え自己嫌悪だ・・・。
 
「なあその鉢、何が咲くんじゃ?」
 遮光ネットを被った、恥ずかしい元凶の元(大切な蘭なんだけれども!)の鉢を指差す。
「あ、えとね羽蝶蘭って蘭が咲くの」
「ウチョウラン・・・?」
 
「羽って字に蝶々の蝶って書いて羽蝶蘭。その名前の通りの本当に綺麗で可愛らしい、それでいて凛とした花が咲くの」
 蘭の話になって、饒舌になってしまう私。好きな事ってつい、詳しく話しちゃう。
「で、それは羽蝶蘭の中で仁王系って呼ばれてる品種で、純白仁王って真っ白な蘭が咲く自分の一番大好きな種類で・・・ってゴメン長々と語っちゃったね」
 そこまで詳しく聞こうとは思ってなかったよね。そーっと彼の表情を伺う。
 
「・・・・っ」
 あんまりにも。あんまりにも綺麗に微笑んでいるものだから。
 言葉を失ってしまう。
 さっきまでのどこか人を食った様な表情じゃなくて、見惚れてしまう綺麗な微笑み。
 その人の視線が自分にずっと向いていたと思うだけで全身が熱くなる。
 
。違う仁王にも愛情注いで見んか?」 
「え?」
 違う仁王・・・系って事?
 それに私、名前言ったっけ?
「その仁王は純白じゃなくて白銀なんじゃが・・・ええかのぅ?」
「白銀の蘭??」
 にっと、さっきの綺麗な微笑から、何かいたずらっ子のように瞳を細めて笑う。
「いや、仁王って品種じゃ。の隣でなら綺麗に咲くけん」
 もう水は貰ったしの。
 するりと手を握られて、彼は私の耳元で囁いた。
 
 
 
「仁王雅治って品種なんじゃが、の?」
 
 
 

 

 

 

 

 
おまけと言う名の蛇足
 
「その蘭、6月中頃に職員室に名前付きで飾ってあったじゃろ? 最初は名前が気になったんじゃけど・・・いつの間にか育て主に目が行くようになっとったよ」
 
 私と仁王がなんだかんだで付き合うようになって、大分経ってから言われた打ち明け話。
 
「だから蘭の名前も本当は知ってたんじゃ」
 仁王が詐欺師という異名が付けられているのも知らなかった、そんな頃のお話。