> 遙かなる時空の中で4
遙かなる時空の中で4
 
> 遙かなる時空の中で4 > 忍人×千尋
忍人×千尋
 
> 遙かなる時空の中で4 > 忍人×千尋 > 桜舞う世界の
2008/6/30
桜舞う世界の
忍人の書終幕後
周囲の喧騒など全て消え失せた。
 
 
風に遊ばれ舞い散る桜

暖かな日差し

地面は一面薄紅の世界
 
 
 はらはらと舞い落ちる桜の花びら一枚、それをゆっくりと追う様に視線は地面へ。綺麗だと感じた。綺麗。とてもきれい。
 白い頬に、藍色の髪や服に舞い降る桜。
 人は、本当に見たくないものは心が拒絶して、麻痺してしまうのかもしれないと、知った。
 綺麗で綺麗で…けれど、夜さえ照らす清廉な天空の瞳は閉じられたまま。
「…忍、人さ…っ」
 音は言葉にならず。言葉は全て桜舞う景色に攫われ。
「ぅ…やくそく…忍人さんがっ、破る分け、ない…っ…」
 周囲の喧騒など全て消え失せた。
 残ったものは後悔と喪失という思考のみ。

 私が不甲斐ないばかりに忍人さんは命を削って戦った。
 私が最初から忍人さんの事に気が付いていれば!
 私が、忍人さんを殺したようなものだ!
 違う、と。彼の人はきっぱりと否定するだろう。
 けれど彼の人は倒れ伏し、私に聴き入れる心などなく。


 どれほど自分を責め続けたのだろうか、突然思考が開ける。
 そして零れた言葉。
「…黄泉比良坂…」
 以前、柊が少しだけ洩らした言を思い出す。

---我が君、そこへ行ってはなりません…

「じくうのはざま…まよいこむ…」
 貴方がいない世界なんて、信じない。認めない。


-風に遊ばれ舞い散る桜
-暖かな日差し
-地面は一面薄紅の世界
 この風景を私は一生忘れないだろう。

 全て振り切って、少女は時空の狭間に足を踏み入れる。
 人も国も友人達よりも、たった一つ自分のエゴの為に現在全てを捨てて。
 彼と紡いだ記憶を1人だけ抱え少女は進む。
 その歩みには迷いなく。


「私は、運命を変える」
 
> 遙かなる時空の中で3
遙かなる時空の中で3
 
> 遙かなる時空の中で3 > 将臣×望美
将臣×望美
 
> 遙かなる時空の中で3 > 将臣×望美 > 幼馴染
2008/1/18
幼馴染
 家族のようで、けれどキョウダイじゃない。
 友達と言うには近すぎて、けれど決して恋人ではない。
 そんな関係が、男女である将臣君とあたしの【幼馴染】という関係だ。
 
 普段他人には無意識に隠す適当な態度やあしらい、どうしようもないジョークに本音、だらしない普段着に起きぬけの顔。それこそ、生まれる前からあたしたちの家はお隣さん同士だったわけで、年が近くて隣となれば必然的に遊ぶし仲良くなる。それに今更何かを隠すような間柄でもない。
 家族のようで、けれどキョウダイじゃなくて、友達と言うには近すぎて、恋人のようには甘くはなくて。うん、将臣君とあたしの関係は、まさに空気のごとく自然な関係だった。隣にいるのは当たり前。一緒にいても気を使わない楽な間柄。
 こんなに楽な関係に慣れすぎてしまっていたから、あたしは考えないように見ないように蓋をして来た事がある。
 それは決して開けては駄目だ。
 
「おい、望美? なにボーッとしてんだよ遅刻すんぞ」
 将臣君が振り返ってあたしを手招く。
「ごめんごめん、ちょっと今日の小テストの事考えちゃっててさ」
「…嫌なこと思い出させんなよな…あー…ちっとも予習してねぇぞ俺は」
「あれぇ? 将臣君が勉強してる姿なんてあたし見たことないなぁ」
「余計なお世話だ! おら行くぞ!」
 片手を掴まれて強引に引きずられるあたし。
 
 こんなに楽な関係に慣れすぎてしまっていたから、あたしは考えないように見ないようにある事に蓋をした。

 壊したくなければ壊さなければ良い。

 おそらくきっと、将臣君も思っている。壊さなければよい、と。
 ずっとこのままの関係で気楽にいられれば良いと。
 けれど、その考えはある日突然一変する。
 
 
『あなたがわたしの…神子』
 
 
> 遙かなる時空の中で3 > 将臣×望美 > 変わるもの。変わらぬもの。
2008/3/19
変わるもの。変わらぬもの。
(こりゃ、驚いたな)
 将臣は数年ぶりに邂逅した幼なじみである望美に、気づかれぬよう視線を投げ、望美が時折垣間見せる物憂げな表情や鋭い仕草に目を見張った。
 
 望美は、離ればなれになったあの時とほとんど変わらぬと将臣は考えていた。だが、それは大分思い違いだったらしい。
 こちらに来てまだ半年も経っていないと聞いたが、望美のその時折見せる佇まいは、地に足をしっかりとつけ前を見据える強い者が持つ瞳のそれだ。けれど、ふと崩れてしまう危うさも望美にはある。
 望美にとっては5ヶ月程、将臣にとっては数年。何時でも一緒にいたからこそ、離れて久々に見た望美の違いをはっきりと将臣は感じ取った。

(まあ、俺も人の事は言えねぇか)
 
 あまりにも語れない事、望美や譲以外に守りたいものが自分には出来てしまった。己の手で守れるもののなんと少ないことか。
 
「おい、望美」
 努めて明るく軽く声を出し、望美を呼ぶ。
「なあに、将臣君?」
 ぱっと将臣に顔を向けた望美の顔は、昔と変わらない幼馴染の表情。それに安堵し、そして少しの寂しさも感じる。望美の頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと髪を撫でる。
「ちょっと将臣君なにするのっっ!!」
 望美から非難の声が上がる。
 そんな望美の反応を笑いながら流し、せめて、と将臣は思う。
「あんまり考え込むなよ。俺に言え。相談にくらい乗ってやるからな」
「将臣君…ありがとう。大丈夫だよ」
 はっと息を呑んだ望美は一呼吸置くと、抵抗を止め嬉しそうに笑う。
 
 何年経とうと、忘れなかった、変わらなかった想い。
 せめて、側にいられる間だけはこの笑顔を護れる者で。
 
> 遙かなる時空の中で3 > 景時
景時
 
> 遙かなる時空の中で3 > 景時 > 朱
救いも何もあったもんじゃない景時さん過去SSです。
どこに神子が出てきてるんじゃっってカンジ(・ω`)
でもこのくらいのダメっぷりのヘタレな景時さんが管理人は大好きデスヨ?

どんなに流しても流しても、
もうそれは自分の身体に染み入ってしまったのだろう。


 
 ふっと意識が戻った時、ほんの数刻までは共に戦ってきた人間が、目の前で血を溢れさせて倒れていた。
 何度も何度も急所を外されたのだろう、苦悶の表情と飛び散った血がただひたすらに凄惨な時間を想像させる。

「・・・・っ!」
 恐怖で、目の前が一瞬凍りつく。
(何でだよ、何で何で何で!!)
 訳が判らなくて。状況が掴めない。
 オレは、どうしてこんな所にいるのだろう・・・?
 
「景時」
 抑揚のない、冷酷な声が自分の名を呼ぶ。
 のろのろと視線を上げると、ただひたすらに鋭い視線とかち合う。
「ふ・・・、何を放心している?」
うっすらとその人物は微笑む。それは本当に形だけの微笑。
 目の前に亡骸がある事など、目に入っていないようで。
「オ、レ は・・・」
 頭が痛い、気持ち悪い。
 
 痛む頭に手を伸ばし、違和感に気付いた。 気付いてしまった。
 少し乾いた、けれどもぬるりとした感触に。 手が、濡れてる。
 それに、さっきから利き手に力が入らない。
 
「っ・・・あ・・・・」
 考えないよう、見ないように、凍らせていた思考が一気に覚醒した。
 痺れが緩んだように、一気に力の抜ける身体。
 利き手から何かが落ちた、響く金属音。
 
「は・・・・オレが・・・はは・・・・・っ!」
 真っ赤に濡れた両手、濡れそぼった服。どこもかしこも自分の身体は、赤かった・・・。自分が、殺した。
 
「・・・・これ、しか・・・方法がなかったんだ、よ・・・」
 
 恐ろしかった。ただ恐ろしかった。 生きたかった。死にたくなんてなかった。
 だから、だけど、だから!
 
「景時、お前とお前の家族の安全の保証はしてやろう。私は先に行く。その姿を  どうにかして後から来い」
 さらりと頼朝様は言って、何事もなかったかのように馬に飛び乗った。
 
 そうだ、あの方は源氏の総大将・・・。
「わかり、ました・・・頼朝様」
 
 
 
 
 
 
 あの日、血塗れた身体を洗った事だけやけに鮮明に覚えている。
 何度も何度も。

 駄目な人間は落ちるときはここまで落ちるんだ。 無性におかしくなって、笑った。
 洗ったって落ちやしない罪に染まった手なのに、ね。
 それでも、必死に、今も分かっているくせに必死に、流す。

 必死に、必死に・・・
 
 
> 遙かなる時空の中で3 > ■十六夜記
■十六夜記
 
> 遙かなる時空の中で3 > ■十六夜記 > 知盛×望美
知盛×望美
 
> 遙かなる時空の中で3 > ■十六夜記 > 知盛×望美 > あなたのすべて
2008/1/7
あなたのすべて
「…じゃあ、な…」
 
ああ、またあなたはわたしの前から居なくなってしまう。

何度、あなたと戦ったのだろう。
何度、あなたをこの手にかけたのだろう。
何度、あなたが海に沈む姿を見たのだろう。

何度、あなたと言葉を交わしても。
何度、あなたと邂逅しても。
 
あなたと出会う時空は、すべて自分自身の手で幕を引いて終わり。
わたしとあなたの出会いは、あなたの死でしか終わらない?

こんなに浅ましく時空を跳ぶ女が神子なんてホント笑っちゃう。

そうしてまた、わたしは時空を超える。
あなたのすべてを手に入れるために。
 
あなたの生も死も心も身体も全部、わたしのものにするために。
 
 
> 遙かなる時空の中で3 > ■十六夜記 > 知盛×望美 > 相棒
2008/2/7
相棒
超妄想。短。
知盛+望美(現代に帰らず旅する2人)
「クッ…神子どのは俺だけでは飽きたらず、こんなモノにも手をお出しになるようだ」
 知盛はそううそぶきながらすっと腰から抜刀し、気怠げに両手の剣を交差し構える。
「ちょっ知盛っ、その言い方だとあたしがいかがわしい人間みたいじゃないっ!!」
 知盛の方向にダッシュしながらそれを耳ざとく聞きつけた望美は、大声で否定の叫びをあげる。
「事実を言わせてもらったまでだが…?」
「誤解を招く言い方はやめてってば!!」
 にぃっと知盛は口の端をあげて笑う。
 望美が間一髪知盛の横に滑り込むように身をスライディングさせるのと、知盛の剣が異形の物体の一撃を受けたのはほぼ同時だった。
 
> 遙かなる時空の中で
遙かなる時空の中で
 
> 遙かなる時空の中で > 鷹道×あかね
鷹道×あかね
 
> 遙かなる時空の中で > 鷹道×あかね > 恋慕
恋慕
「わたし、元気ですよっ! 元気だけが取り柄ですもん」
 にっこりと貴女は笑う。
 大きな瞳を驚いたように見開いて、返事を返してくれる。
 私の不安も心配も、全て否定するように。
 
 貴女は、「大丈夫」といつも笑う。
 でも、知っているのです。
 貴女が、誰もいないところで涙を流していたことを。
 神子としての不安に、涙していたことを。
 そして…
 
「わたし、鷹通さんの期待に応えられるの?京を平和に出来るの…」
 その言葉を偶然聞いて、胸が締まりました。
 貴女は、十分過ぎるほどがんばっています。
 貴女の存在それだけで、私達八葉は…私は、力が漲ってくるのです。
 
「私は…貴女を苦しめているだけでしょうか…?」
 ぽつりと、呟いてしまった一言。
 『肯定されたら…』いつでもそう思って、そして飲み込んできた言葉。
 私は貴女に関して、どうしてこう臆病になるのでしょうね。貴女の言葉一つで、私は不安にもなれば幸福にもなれる。この気持ちは、なんなのでしょうか。
 
「苦しめてなんて…そんなことないよ!!そんなことない!!」
 大きな声で、おもいきりよく否定してくれる。
 真剣な貴女の顔。
 抱きしめたい、貴女を独占していたい。
 愚かで、哀れな私の感情。
 この気持ちは…。
 
「今度、お時間があれば私と出かけませんか? 神子殿にお見せしたい場所があります」
 私は貴女に笑いかける。
 貴女は、嬉しそうに笑って頷いてくれました。
 
「見せたい場所」なんて、口実。
 私は、貴女と二人だけになりたかっただけ。
 自分のこの気持ちに、けじめを付けるため。
 知ってしまった、わかってしまったこの気持ちに…。
 
「鷹通さんと一緒なら、わたしどこにでも行きますよ♪」
 貴女がずっと、京にいてくれたら…。
 貴女の気持ちを乱すだけであろう、私の気持ち。
 今度うち明けるでしょう、うち明けてしまうでしょう。
 
「私も、神子殿の行くところならどこへでも行くでしょう」
「え?!」

 
 
 私は、貴女に恋をした。
 龍神の神子である貴女に。
 月に帰ってしまうであろう、貴女に。
 ただ貴女の側にいたい。

…愛しています。
 決して貴女には聞こえない声で、私は呟いた。
 
 愛しています。愛しています。
 何よりも、誰よりも…
 
 
 
 ずっと、永遠に。
 
 
> 遙かなる時空の中で > 鷹道×あかね > 大切な言葉
大切な言葉
 一瞬の告白。
 わたしを好きだと、鷹通さんはうち明けてくれた。
 そして、「忘れて下さい」とも鷹通さんは言ったね。
 
 忘れない。忘れる事なんて出来ない。あんなに大切な言葉。


 
 
 鷹通さんは、わたしに対してとてもあきらめが良い…と思う。
 特に、わたしが「現代に帰る事」に関しては。
 
 
『貴女は帰ってしまわれるでしょう…』
 
 
「帰ったり、しないのに…」
 鷹通さんのたった一言さえあれば、わたし…。
 涙が零れる。
 きっと鷹通さんは言ってはくれない。言わないことが、わたしの幸せであると思っているから。
 部屋で一人うずくまって、辛気くさいなわたし。
「四神解放が近いから、余計に考えちゃうんだよね…ぐすっ…」
 手近にあった半紙で、涙と鼻を拭ってしまう。
「あきらめがよすぎても…鷹通さん、大好き…」
 ぽてっと畳に寝転がってしまう。
 視界に映る外はさんさんの晴れ。わたしの気持ちなんかお構いなく、外は暖かい雰囲気。
 
 
 もうすぐ最後の青龍解放…。
 
 
   ■
 
 
「…殿? 神子殿? 失礼します。神子殿」
 すっと御簾を上げて、鷹通は部屋に入る。
「っ…」
 足を一歩踏み入れて、鷹通は後悔した。
 今日は自分と出かけてはくれないか、聞きにきただけなのだが…。
 
 
 畳に気持ちよさそうに体を伸ばし眠る神子。
 でも頬には、涙の乾いた後。
 無意識に、鷹通の体があかねの側まで近づく。
 あかねの顔を覗き込むようにして膝をつく。
 そっと、本当にそっと、神子の頬に手を伸ばしてみる。
 柔らかくて、暖かい。
 
 
−彼女は、確かに「ここ」にいる。
 
 
 そうして、はっと、目を見開いた。
 
 
−自分は、何を確認している?
 
 
「私はっ…」
 鷹通は眼鏡を外す。
 眼鏡が涙の暖かさで曇ってしまったから。
 いつの間にか、鷹通の瞳には涙。
「情けないですね。もう、わかっている事なのに」
 あかねの寝顔を見ながら、鷹通は涙を零す。
 あかねの頬…涙の後に、鷹通の涙が落ちる。
「本当は、帰ってほしくなどありません…本当は…」
 
 
 鷹通は、自分の唇をあかねの頬に寄せる。
 頬の涙の後をなぞるように、唇は優しく動く。
 そうして。
 
 
 あかねのふっくらとした唇に、そっと鷹通の唇が重なる。
 
 
「…許して下さいなんて、言えませんね」
 ふっと自嘲的に笑うと、鷹通はあかねの元から素早く退く。
 これ以上側にいたら、自分が何を彼女にしてしまうのか、恐ろしかった。



   ■
 
 
 
 むくり。
 わたしはそっと、体を起こした。
「起きていたの、知られなかったよね…」
 顔、赤くなってないよね?
 
 
 わたしの方まで、また泣きたくなってきたよ鷹通さん。
 
 
「そういうことは、起きているときに言って欲しいんですっ!」
 誰もいない空間に怒鳴って、ちょっと落ち着く。
 頬に鷹通さんの涙が落ちてきたとき、わたしは目が覚めた。
 今更目を開けるのもなんだから、寝たフリをしてたけど…。
「た、鷹通さんに…キスされちゃった…」
 時間差で、キスの余韻が蘇ってくる。
 ぺち、と熱い頬を叩く。
「…わたし、帰ったり絶対しませんから!!」
 誓うように、呟く。
 
 
 本当は帰ってほしくなどありません…本当は…
 鷹通さんが表面上、どう思っていても、わたしはね…。
 
 
 本当は…貴女を思い出で終わりにしたくはないのです。
 あかね…
 
 
 鷹通さんの本心をしってしまったから…。
 
 
「わたしも、鷹通さんを夢なんかで終わりにしたくない…」
 四神を解放してから、全ての決着を付けてから…何て言ってわたしはここに残ろうかな?
 くすくす笑ってしまう。
「なんだか先が楽しみ」
 
 
 
−忘れない。絶対に忘れない。忘れる事なんて出来ない…
 
 
 
 
それはとても大切な言葉。

 
> 遙かなる時空の中で > 鷹道×あかね > お願い事
お願い事
 今日は、屋敷で仕事を片づけていました。貴女は飽きもせず、私の隣に座っていましたね。
「鷹通さん、お仕事中ごめんなさい!! お願い事があるんですっ」
 仕事に没頭していた頭に、ふっと元気な声が聞こえてくる。
 顔を上げれば、目と鼻の先に貴女の顔。貴女の笑顔。
 何かを発見した、好奇心いっぱいの瞳。
「謝らないで下さい? 屋敷にまで仕事を持ち込んだ私がいけないのですから。…何でしょうか?」
 私は貴女の笑顔に抗えない…実は知っているでしょう?
 貴女が笑っていれば、私も自然と笑みがこぼれてしまいます。
 貴女を私の屋敷に招いてから1週間。早いものです。
 今が本当に現実かどうか実感したくて、信じたくて、私は片時も貴女から離れられない。
 貴女が見えない場所では、仕事さえ手につかない。情けないことです。
 
 友雅殿にはからかわれてしまいました。
「以外と独占欲が強かったんだねぇ、鷹通」
 そのようだったらしいですね。
 貴女は私の目の前で、無邪気に笑う。
 肩で切りそろえた桃茶色の髪が、ふわりと揺れた。
「実は。あの、その」
「??」
 意味もなく両手を合わせて、指を遊ばせる貴女。
 ちらり、と私の方を見てから、下を急に向いてしまう。
「えーっと…」
 ぼそぼそ呟く。
「顔、赤いですが…。熱でも??」
 友雅殿なら、気の利いた言葉をかけられるのでしょうが…。
 ぼぼっと、貴女の顔は更に朱に染まってしまって。
(どのようなお願いなのでしょうか?)
 ちょっと間を置いて考えてみる。
「………」
「…鷹通さん? 鷹通さんも顔、赤くなってきてますケド…?」
「っ!? ちょ、ちょっと頭を冷やしてきますっ!!」
 指摘されて、立ち上がりかける私。それを止めたのは貴女。
(私は、私はっ!!)
 頭の中は大混乱だった。
「頭を冷やす?? とりあえず、私達2人とも落ち着きましょう!!」
「…はい」
 すうっと2人そろって深呼吸する。
 なぜか、貴女の目と合ったら笑ってしまった。貴女も笑った。
「わたしのお願い事! 何ですけど、…ちょっと言うのに照れただけです」
「はぁ…?」
 私は首を傾げる。
「言いますよ?! 笑わないで下さいね? あきれないで下さいね!?」
 なんだかやけに力んで聞いてくる。
 こくん、と頷くしかないでしょう?
 と、私の膝に手を乗せて、貴女はぐっと前のめりに体を伸ばす。
 どくん。と、胸が高鳴る。
 −耳元で、紡がれる言葉。暖かい吐息。
「…え?」
 無邪気な瞳の中に、少しだけ含まれる悪戯な光。サラサラとした髪の感触。
 
 右首筋の宝珠に、…貴女の唇が触れる。
 
「…み、神子殿っ!?」
 ふっと貴女は離れる。
 私は宝珠を「ばっ」と、両手で覆った。
「了承を得る前に、実行しちゃいました☆」
 てへっと舌を出して笑う。
「貴女って方は…」
 真っ赤な顔であろう私が、抗議の声を上げようとする…でも。
「ごめんなさい…怒りました??」
 そんな顔されたら怒れません。それに。
「…怒っていませんよ。驚いただけです。
 触りたければ、手で触っても良かったのではっ…」
 言いつつ自分が赤くなる。ふっと、真面目な顔で貴女が言う。
「手よりも、唇の方が近く感じません?」
−ダイスキナヒトノココロ・オト。
 貴女の唇が、声を出さずに言葉を紡ぐ。
「…そうですね」
 少なくとも私は。そして貴女も。
 嬉しそうに、貴女は私の腕の中に飛び込んだ。
 可愛らしい、貴女。
 暖かい、貴女。
 
「今度は、私のお願いを聞いて下さいますか?」
 
 
> 遙かなる時空の中で > 鷹道×あかね > 道
 うららかな朝。
 地球の、日本の、平和なとある家の前で。
 薄桃色の髪をした少女がすうっと大きく息を吸い込んだ。

 
「た・か・み・ち・さーんっ! あかねでーすっっ!!」
 そうして大きく「鷹通」という人物の名を呼ぶ。
 とにかく大きな声で、きっとご近所にも響き渡っただろう。
 数秒もしないうち!に、すぐにその家の扉がガチャっと開く。

「おはようございます。あかねさん、今日もいいお天気ですね」
 出てきたのは落ち着いた感のある、物腰の柔らかそうな青年。
 眼鏡越しの知的な瞳が、とても優しそうに少女を見つめる。
 ほんの少し現代離れした雰囲気を纏っているのは、気のせいだろうか?
「! あかねさん?」
 むうと、少女が「さん」付に抗議する。
 青年は優雅な動作で少女を家に招き入れる。それに従って、少女は青年の家に入っていく。
「……鷹通、と貴女が私を呼んでくれるのならば…」
(「さん」付はやめます)と言う変わりかのように、途中でにっこりと青年は微笑んだ。その一瞬後すぐに、ぼぼぼぼっっ!!っと少女の顔が朱に染まる。
「うっ…た、た鷹、通。…………さん……」
 がっくりと少女が頭を下げる。
 結局自分も「さん」が取れなかったらしい。

 青年が少女を居間へと案内し、二人はそこのテーブルの席に落ち着いた。
 青年が二人分のお茶を用意し始める。
 しばらく、暖かな沈黙が流れる。
 少女は感慨深げに青年を見つめる。
「はい、あかねさんには紅茶。熱いですから、火傷には気をつけて下さいね」
 コト、と少女の目の前に、熱い湯気をたてた紅茶を差し出す。
 そうして自分の目の前には緑茶を置き、椅子に腰掛ける。
「ありがとう、鷹通さん」
 嬉しそうに少女は微笑んで、紅茶に口を付ける。
 一口飲んで、少女が青年に顔を向ける。
「……今、ふと思ったんですケド。鷹通さんがこっちに来てから、もう4年も経つんですよね……」
「そういえば、そうですね…」
 青年も過去を思い出すかのように、ふっと少女の顔を見つめる。
「もうすぐ出会った頃の鷹通さんの年齢を自分が追い越すなんて不思議……」
 ふわりと笑った少女の顔、それは幼い笑顔ではなく、かといって大人びた笑顔でもなく…その中間の乙女の笑顔。
 少女の殻を脱ぎ捨てて、美しい女性に変わっていく、その狭間。
「…いろいろありましたね」
 少女の微笑みに見とれていた青年は、しばらくの間を置いて話を切り出す。
「あったよね!! 大サービスで鷹通さんの戸籍とかを龍神様が創ってくれたコトとか…鷹通さんが大学合格とか……なつかしいなぁ」
「……貴女のためなら、私はできることなんでもしてみます」
 青年の言葉を聞き、少女の瞳が突然潤む。
「っ……ごめ、っなさい…。嬉しすぎて、幸せすぎてっ」
 青年が席を立ち上がり、少女の側に近寄る。
「泣かないでください…。貴女には笑っていてほしい。私の我が儘ですが」
 そっと少女の涙を拭う。
「鷹通さん……」
 少女の顔に笑顔が戻る。
 青年も微笑む。
「もう少し時間がかかると思うのですが…院を卒業して仕事に就けたら、私と結婚してくださいませんか、あかね?」
 「さん」付無しで呼んだ少女の名前の効果は絶大だったのか…はたまたそれ以上の何かがあったのか、青年に思い切り少女は抱きついた。
「嬉しいですっ!
 …わたしが断るワケないじゃないですかっ!!」
 「ずぅーっと待ってたんですよっ!!」と言って、ボカボカと青年の胸を軽く叩く。
「すみません。まだ、自分に自信がなかったもので…。この時代で、貴女を幸せにしていく自信が欲しかったんです……」
 すまなそうに青年が謝る。
 少女は青年の眼鏡をそっと外す。コトリ、と机の上に眼鏡を置く。
「ありがとう…、鷹通さん。だけど!
 わたしは守られるだけの女の子じゃないからね!?」
「はい」
 嬉しそうに青年が笑いながら頷く。
 
「わたしも鷹通さんと歩いていくの。一緒に幸せを与え合う存在になろうね」
「はい…」
 青年が、壊れ物を扱うように少女の両頬に手を添える。
 そうして、少女の唇に自分の唇をゆっくりと重ねる。
 


 貴女と歩いていくために、私はできることならなんでもします
 貴女も、そうでしたね
 
 一緒に、歩いていきましょう
 
 
> 遙かなる時空の中で > 鷹道×あかね > すれちがい
すれちがい
「お風呂……お風呂っ〜!!」
 ぐたーっと藤姫の館で羽根をのばすのは、元龍神の神子あかね。
「はぁ?」
 あかねの意味不明なに呟きに、側にいた天真は訝しげに顔を向けた。少女の行動や発言は、常に天真の身の周りに何かしらの騒ぎを引き起こさせる。それでもこの少女の前から逃げられないのはなぜだろう?
 不思議そうに天真はあかねを見つめる。
 
「……天真君。ここに来てからお風呂に何回入った?」
 「むうっ」っと顔をかわいらしくしかめて、あかねは天真の答えを待った。
 その顔があまりにも幼くて、天真は「くっ」と吹き出した。
 笑いながら、それでも答える。
「俺か?…風呂には入ってないけどな、川とか滝で身体は洗ってるぜ」
(やっぱ蘭みてぇだな)
 自分を「京に残ろう」と決意させた妹の存在を思い出し、少し寂しげに天真は笑った。
 
「羨ましい!!」
 天真のその表情に気づいたのか、それともただ単に本当に羨ましかっただけなのか。
 その返事を聞いて、あかねがぐぐぐっと天真の手を握る。
 あかねのその羨ましがりように、天真は呆れてしまう。

(この姿を見たら……あいつはどう思うんだろう?)
 天真の脳裏に、自分より少し年上の生真面目で苦労性な青年の顔が思い浮かぶ。
(きっと俺以上に身の回りが騒がしいんだろうなぁ、アイツ…)
 あかねを見やりながら、そんなことを思う。

「おいおい。お前「一応」貴族の姫になったんだから、そこまで羨ましがることかぁ?」
「羨ましいよぅ。私なんかね〜【お風呂】なんて言ったら最後、一大イベントになっちゃうよ」
「そうなのか?」
「そうなの。うう、もうこの際水でいいから浸かりたい〜!!」
 ふう、とあかねが大きなため息をつく。
「…んじゃ、詩紋でも連れて川に行くか?」
 理由は判らないが、この頃沈みがちのあかねを励まそうと、ふっと思いつきで天真が話を持ちかける。
「行く行く! すぐ行こうっ!!」
 もちろん一も二もなくOKしたあかねだった。
「あ?……」
 天真が何かを思いだしかけて言葉にしようとする。
「何?」
 嬉しそうなあかねの顔が天真の視界いっぱいに飛び込んでくる。
「いや、なんでもない」
(…何か忘れてるんだよなぁ)





「天真君に詩紋君! 絶対にこっち見ちゃダメだからね?!
 いいよって言うまではダメだからね!?」
 
「へいへい」
「うん、わかったよ」
 
 二人に念入りに忠告したあかねは、くるりと川に向き直ると「ほやぁ」と幸せそうに笑った。そして素早く着ている物を脱ぎ、持参してきた薄衣を纏う。
「誰か見てるワケなんてないだろうけど一応ね★」
 そうしてその格好のまま川にジャブジャブと入っていく。
 
「冷た! プール入ってるみた〜い♪」
 ぱしゃぱしゃと水を跳ねさせては笑う。
 沈んでいた心も再浮上してきそうな雰囲気だ。
 川の流れは緩やかで、もうすぐ秋にさしかかるはずの季節は気持ちの良いほど穏やかな温度で。
「長時間入ってると…さすがに風邪ひいちゃうかな」
(天真君と詩紋君も待ってるだろうし上がろう)
 名残惜しそうに、水面に顔を近づけて瞳を閉じる。
(水の音……と……?!)
 はっと顔をあかねは上げる。
 
「……あかね殿」
 
 硬直して動けないあかねの前に現れたのは、無表情に立つ鷹通だった。
 眼鏡の奥の淡い萌葱色の瞳が、あかねをしゃんと見つめている。
 
「たたた、鷹通さんっ?!」
 予想外の青年の、突然の出現にあかねは口をぱくぱくとさせる。
 
「…はい」
 そしてこれまた予想外に、この状態でやけに冷静な鷹通が返事を返す。なおかつばしゃばしゃと、水に濡れるのも構わず川に入ってきた。
 慌てて水の中にしゃがみ込んだあかねの前に、すぐに鷹通がたどり着く。
 
「……あの、その、どうして鷹通さんがここに…今日は《お仕事》で会えないって…」
 
−自分の一番気になる人。
 
 恥ずかしくて鷹通を見られないあかねは、水に映る鷹通を見つめながら呟く。
 ふっと鷹通が顔を緩める。
「やはり、天真殿から聞いていませんでしたか…。仕事を早めに片づけて、訪ねるつもりだったのですよ」
 
 藤姫の館に使いを出そうと思った鷹通だが、たまたま藤姫の館に向かう天真に言伝を頼んだのだ。あかねに会いに行ったはいいが、すっかり目的を忘れたのは天真。
 鷹通が仕事を終えて藤姫の館に訪れた頃…館ではあかね失踪の直前一歩手前まで来ていたのだった。
 最後にあかねと会ったのは天真だと、頼久の証言で明らかになったりもするのだが。それはさておき。
  
 簡単に事を語った鷹通に、合点がいったように目をあかねが見開く。
「頼久に天真殿の居場所を聞いて、あかね殿もきっと一緒だろうと…」
 言いかけて鷹通は言葉を止める。
「天真君が思い出そうとしていたのは鷹通さんとの約束だったんだ!! っ……ごめんなさい、鷹通さん!」
 思い切り叫ぶと、見る見るうちにあかねの瞳に涙が溜まっていく。
 
「……別に構いません。ですからどうか泣かないで」
 鷹通はそう言うと、水に沈むあかねの身体を自分の肩に引き上げた。
 驚いて、じたばたとあかねがもがく。
「鷹通さん?! 濡れちゃいますよっ……」
「別に良いんです」
「向こう、天真君と詩紋君がいますよ?!」
「二人は帰しました」
「ええ?? えとっ…、一人でも歩けるから……」
「今は、離したくないんです」
 
 鷹通の言葉に、ついにあかねは赤くなって黙る。
 鷹通もあかねを抱えて黙って川から上がる。
 
「……鷹通さん……」
 静かな沈黙に耐えられなくなったあかねが、おそるおそる鷹通に話しかけてみる。
 無意識にか、あかねの腕は鷹通の肩をきゅうっと抱きしめた。
「っ………心配、しましたよ……」
 そう言うが速いが、鷹通はあかねを抱え込んだままずるずると岸辺に座り込んでしまった。
「鷹通さん?!」
照れくさい表情を隠すかのように、鷹通が眼鏡を指で押し上げる。
「情けないですね。貴女がいないという知らせを聞いたとき…私はなぜか真っ先に『帰ってしまわれた』という思いがよぎったんです。こんな仕事ばかりにかまけている私よりも、やはり貴女は元の世界を選んだのではないか、と……」
 鷹通が少し震える声と腕で、そっと水で湿ったあかねの髪に触れる。あかねが自分の腕の中にいる事を、未だ信じられないとばかりに。
 全ての不安を吐き出すかのように鷹通が呟く。
「川で水を浴びている貴女は……まるで私の手の届かない存在のようでした……」
  
 得られないものに惹かれることは慣れている。仕様がないことなのだから。ずっと、そうやって生きてきた鷹通だから、ようやっと手に入れた実感が、鷹通には未だよくわからなくて。
 でも、あの瞬間。
 水面近くで瞳を閉じるあかねを見たその瞬間、鷹通の身体は、声は動き出していた。
(手に届かなくなるのが怖くて、思わず自分の腕に引き寄せていた…)
 
 瞳を細めた鷹通に、あかねが不可解な顔で反論する。 
「どうしてそんなこと思うんですか? 確かに帰りたいと思うことはあるけれど、でも……私は鷹通さんがいるから『ここ』にいるのに」
 あかねの真っ直ぐな言葉が鷹通の心に染み渡る。
「そうですね。…そうでした。それでも、不安になる私を愚かだと貴女は思いますか…?」
 辛そうに鷹通が微笑む。
 
(ああ、私は、ここまで貴女を欲しているのか)
 
「思わないですよ! 私っ、藤姫のお屋敷にいていつも思うんです。『ここは自分のいるところじゃないなぁ』とか。確かに藤姫は妹みたいにいい子だけれど、違うんです。私のいたいところは……時々そう思うと、急に不安っ……っ!?」
 あかねが慌ててごしごしと瞳を擦る。
 それでもごまかしきれないほど、あかねの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「あかね殿………
 私達は、同じ不安を抱えていたのでしょうか……」
 あかねの瞳から流れる涙をぬぐい、優しく髪を梳く。
「同じ、不安……?」
 本当に穏やかに鷹通は微笑む。
 そして岸辺の木々を見渡す。
「もうすぐ紅葉の季節ですね……きっと、あっというまに貴女と出会った桜舞う季節にもなるのでしょうね」
「?」
 あかねが首を傾げる。
 それを見て取り、鷹通がすぐに返事を返す。
「ずっと一緒に、季節の移り変わりを過ごしましょう。
…私の邸に、いらしてくれるでしょうか?」
 あかねの顔が驚きに変わり、すぐに喜びの表情へと変化する。
「もちろんでっ……………っくしゅん!」
 頷こうとしたあかねの口から、不意うちのように小さなくしゃみ。はっと今の自分の格好を思い出し、あかねは赤くなって鷹通の胸元に顔を埋めてしまう。
「…あかね……」
 鷹通が、ぎゅうっとあかねを抱きしめた。

 
……私は、いつか貴女を……

 
「……鷹通さん? ……何か言いましたか?」
 そうっと、恥ずかしそうにあかねが顔を上げる。
「いいえ。帰りましょうか。このままでは貴女が風邪をひいてしまう」
「はい。あの……黙って出かけてすみませんでした…鷹通さんやみんなに心配かけて…」
 しょんぼりとあかねが俯く。
「いいんですよ。貴女は、貴女らしくしていて下されば。
 私はそんな貴女だから惹かれたのでしょうね」
(天真殿には後でしっかりと文句を言わせてもらうとして)
 にっこりと、会心の笑みを鷹通が浮かべる。
「鷹通さん……」
 純粋な瞳であかねが鷹通を見、無邪気に微笑んだ。
 鷹通もあかねと視線を合わせ、幸せそうに笑った。

 
……けれどまだ、今はこのままで。
 
 
−時は平安。場所は京。
それは遙かなる時空の中の物語。

 
> 遙かなる時空の中で > 泰明×あかね
泰明×あかね
 
> 遙かなる時空の中で > 泰明×あかね > 彼の仕事
彼の仕事
 少女は人混みの多い街中で、きょろきょろと誰かを捜していた。桃茶色の綺麗な髪がその度に揺れる。
 しばらくして、その少女の視線が止まる。
 なぜか、周りの通行人達の視線も止まった。
 
 わたしの視線の先には、大好きで大切な人がいる。
 わたしに気付くと、急ぎ足でこっちに来てくれる。
「…あかね。待っていてくれたのか?」
 それはそれは嬉しそうに、幸せそうに笑う。
 …わたしにだけ向けられる笑顔。この雑踏に、違和感を感じるほどキレイな容姿。
「泰明さん!…どうでした??」
 無条件に自分を慕ってくれている子供みたい…。
 泰明さんを見ているだけで幸せ…とかぼんやり思う。

 龍神を召還してから数ヶ月、わたしは現代に帰ってきた。
 泰明さんも「一緒に行く」って言ってくれた時には、嬉しくて、興奮して、なんだか現実味がなかったけれど…
(泰明さんの住む場所を探したり、仕事を見つけたり、まぁ、とにかくこの短い間にいろいろあったなぁ…)
 
 今日は泰明さんの「仕事」の終わりを待っていた。泰明さんはとても目立つからすぐにわかる。雑踏にいても感じる…雰囲気が澄んでいる感じ。泰明さんのいる所。

 泰明さんの出来る仕事…最初はとっても悩んだけれど。
(きっとスタッフ泣かせなんだろうなぁ…泰明さんてば…)

「あかね? 何を考えているのだ」
「ひゃぁっ…!? やすあきさんっ、ここ人がいますからっ!」
 両手で顔を包まれて、泰明さんの方に向けられる。
 ちろりと辺りの様子を見れば、振り返りながら去っていく人多数。
(泰明さーんっ?!)
 泰明さんは、全く周囲を無視。っていうか、視界に入ってないと思う。
 その証拠にいぶかしげな表情でわたしを見つめる。
「?? それがどうかしたのか。
 …何を考えていた、あかね?…私は知りたいのだ」
 この頃泰明さんはこういう態度に出ることが多い。
 疑問をたくさん抱えた子供だよやっぱり。答える方は勇気がいるんだけどなぁ。
「…幸せだなぁって思っていたんです。泰明さんのお仕事も順調だし」
 ぐっと更に泰明さんがわたしに顔を近づける。吐息がかかりそうな程近く。
「や、泰明さん?!」
 真摯な瞳。
「ならばなぜ悲しむのだ? 気が乱れている。
 最近私といると、あかねの気は沈んでいる…」
「そんな事ないっ!…あ…」
 言ってから、「何」が心に引っかかっていかに気付く。
「お前の心が全て欲しい…あかね」
 囁かれる。
(そうすればお前の考えていることも、全部わかるだろうに)
 切ない切ない顔。
…ざっと近くで、足音。
 
「シャッターチャンスっ!!
 泰明君、そんな表情も出来るんじゃなぁーいっ!!」
 とびきり元気のいい声が、街中に響いた。
  
「…」
「…うるさい」
 ブッチョウ面の泰明さん。わたしたちの隣には…カメラを両手に握りしめた、いかにもカメラマン…な女の人。
「えと…どなたでしょうか? !もしかして?!」
 わたしが反応して泰明さんから離れる。そしてその人を見つめる。にっこりとその人は笑った。
 泰明さんが無表情な顔で答える。
「…仕事の一員だ」
「って事は、プロのカメラマンさんっ?!」
 驚きの声をあげる。
 その人は器用にウィンク一つ。
「そういうあなたの隣にいる人もプロのモデルさん、ね?」
 楽しそうに笑った。
 そうなのだ。泰明さんのお仕事はモデルさん。
 愛想の欠片一つない泰明さんが、この世界でやっていけるのかと心配したけれど…どうにかなっている。
 泰明さんを使いたがるデザイナーやカメラマンが後を絶たないとか。
 始めて数ヶ月…たったそれだけで泰明さんは売れっ子モデルにのし上がってしまった!!
 
(嬉しいけど…複雑)
 地面の石をコン、と蹴ってみた。
(泰明さんと一緒にいるとき…気が乱れたのはきっとわたし…)
 かぁっと顔が赤く染まる。
 
「あかね…?」
「今いい表情してる、彼女!」
 カメラのレンズをわたしに向ける。思わずその人のカメラに飛びついちゃった。
「見ないでっ」
 カメラをぎゅっと抱きしめる。
 絶対今自分の顔凄いことになってるっ!!
 カメラを抱きしめて、その場を動けなかった。
 
 泰明さんとカメラマンの女の人は、二言、三言何か言葉をかわす。聞いていられるほど冷静じゃいられない。そうしてその人は去っていく。
(わたし、泰明さんの仕事にヤキモチ焼いていたなんてっ!)
 泰明さんが遠くなるみたいで。現代に馴染むのは嬉しいけれど、寂しかったの。
 うん、寂しかった…。
 
「あかね」
 抱きしめられる。
「もっと呼んで? あかねって…」
「あかね…」
 真面目な顔で呟く。何度も繰り返してくれる。
「あかねがいれば私は何もいらない。お前がいなければ自分は存在する意味がない」
 その言葉でわたしは安心しちゃうんだよ。ゲンキンだよね。
 
「何かあの人に言われた?」
 わたしはもごもごと聞いてみる。
 きっとあのカメラマンの人は気付いたハズ。わたしが寂しがってたって。
「問題ない」
 どう言葉の意味をとったのか、泰明さんは微笑んでそう答えた。
「カメラは後で取りに来るそうだ」
「うん」
 うっとりと泰明さんの笑顔に見とれる。
 純粋で、キレイ。と、彼は困った顔をする。
「あかね」
「ん?」
「お前に見つめられると、おかしな気分になる…」
 ぐぐっとまたまた顔が急接近。
「や、泰明さんっ!?」
 すっかり忘れていたけど、周りには通行人がっ!!
「…あかね…」
「…っん…」
 泰明さんに名前を呼ばれただけで、もう通行人なんてどうでもよくなった自分がいる。
 熱い唇。強引に重ねられたキス。

 寂しがる必要なんて、どこにあったのかな…。泰明さんはいつだってわたしの事を想っていてくれてる。それを忘れていたなんて、わたしのバカ。
 幸せすぎて、どうにかなりそう。



 使い捨てカメラを握りしめた女性が一人。
 それはさっきのカメラマン。悔しそうに、嬉しそうに呟く。
「あんな表情、させたくても誰もさせられないわよ。 貴女以外は」
 
−だから自信を持ちなさいよ?
 
 ふふふ…と邪な笑いを浮かべる。
「この写真。使い捨てで撮ったけど…使えるわね」
(ちょっと被写体が遠かったけど、ね)




  
 後日、とあるポスターの一面が、あかねと泰明のキスシーンであることが発覚する。
 ポスターを剥いでいく人間の数が異様に多かった事を書き添えておこう。
 
> 遙かなる時空の中で > 泰明×あかね > キス。
キス。
【彼の仕事】の後日談
 龍神を召喚して、現代に帰ってきてから数ヶ月。
 泰明さんも現代に馴染んできて、モデルのお仕事も慣れてきた頃…
 
 
「おもしろいモンが見られるから、まあ行って来いよ」
 学校帰り、一緒に帰りながら天真君がおかしそうに「その事」をわたしに告げた。と言っても、「その事」を決して天真君は話してくれなかったけれど。
 いたずらっこのように、天真君の薄茶の瞳が揺れる。
「おもしろいものが見られるの?」
「そこに泰明と行ってみればわかるって、な?」
 これしか言ってくれない。
 とにかく、「指定した場所に泰明さんと一緒に行け」としか。
「もう、天真くんてば…」
 ぷう、と頬を膨らませたわたしを見て、天真君が笑いながら
「またな!」と言って走り去る。
 気がつけばそこは泰明さんの住むマンションの前。
 
「あかね」
 
 背後でふいに囁かれた声に、どきりとする。
 きっと永遠にどきどきと胸が高鳴る声は、この人の声だけ。
 突然囁かれるなんて、不意打ちだよぅ。本人は自覚していないと思うけど。
「泰明さん」
 くるりと振り返って、予想通り目の前にいる泰明さん。
 近寄りがたい美貌が、ふわりと微笑んだ。
「先ほどお前と一緒にいた気は天真か。 『学校』、は楽しかったか?」
 毎日、泰明さんは楽しそうにわたしの一日の話を聞いてくれる。わたしも負けじと、泰明さんの一日の話をせがむ。
「うん! 楽しかったよ。
 でもっ…やすあきさんが側にいるほうが楽しいけどっ……」
「? 熱でもあるのか」
 不思議そうにわたしの顔を覗き込んでくる。
「何でもないです…。今日はお仕事早く終わったの?」
 泰明さんのお仕事は「モデル」さん!
 かなりの売れっ子で、あちらこちらのポスターや雑誌で、泰明さんの顔を見かけられる。
 それを見かけるだけで、わたしの心臓は「ばくばく」鳴ってるのだけれど、これはナイショ。
 本人は自分の写真に全く興味ないみたいだけどね。
 ファンも多いんだぞぉ。
 
「今日は早く終わった。あかね、なぜ睨む?…やはり熱があるのではないか」
 綺麗な白い指先が、そっとわたしの頬に触れてくる。
「ん。ホントに何でもないよ」
 その指先に、自分の指を重ねてみる。
 泰明さんが微笑んでくれる。
 うん、幸せ!
「泰明さん、天真くんが行ってみろっていう場所があるの」
 「あの事」を思い出して、泰明さんにご報告。
 泰明さんと一緒に行けって、言ってたよね。
「天真が? なぜ」
 いぶかしげな表情で、泰明さんがわたしを見つめる。
 現代に帰ってきてから、散々天真君にからかわれてたからなぁ…泰明さん。
 そこまで警戒した表情しなくても(笑)
「う〜ん。『おもしろいものが見られる』の一点張りで…とにかく行って見よ?」
 気になるし。
「お前がそう言うのならば、行ってみよう」
 憮然とした態度で、泰明さんが歩き出す。
 …でも、歩調は合わせていてくれて。
「大好き、泰明さん!」
 そう言って、わたしは泰明さんの片手に腕を絡めた。
 
 
「こ、これっ………!?」
 そう言ったきり、わたしは言葉に詰まってしまう。
 見つめてるのも恥ずかしいよぅ。
「…………」
 泰明さんは表情も変えずに、ただ「壁」を見つめている。
 思わず辺りを伺ってしまったりなんかしてっ。
 ああぁぁっ!! 人通りが多いよぅっ!!
 でも泰明さんは人混みなんか気にしない人だし!
 どうしよぅぅぅ?!
 天真君に教えられた『おもしろいものが見られる場所』に来たのはいいけれど……
 これは何?!
 どういう事ですか!? 天真君ってば〜。
 
 街中の、壁。
 そこに何枚も連続して貼られているポスターは………
 あきらかにわたしと泰明さんのキスシーンだったのよぅっ!!
 何かのCMのポスターっぽいけど…本人に了承を取ってぇぇ。
 しかもこのキス現場には覚えがあるような、ないような…。
 ああもう頭が回転しない。
 とにかくここから逃げなくては!!
 感のよさそうな通行人の人が、こっちを見てるよぅ!?
 
「やすあきさんっ、行こうっ!」
 ぐいっと泰明さんの腕を引っ張ってみる。
「……………」
 無反応。
「泰明さん! やすあきさんてば〜!!」
 ぐいぐいとさらに引っ張ってみてもダメ。
 
「……………きれいだ……」
 
 無反応だった泰明さんの、突然の言葉。
「え?」
 さっきと変わらずで、ひたすら視線は壁のポスターに。
 でも、その眼差しと態度が、あまりにも真摯に一点に注がれていて。
 その姿は、とても人目を引く。
 思わず視線を辿って、わたしは赤面してしまった。
「ややや、やすあきさんの方がきれいっ…!!」
 じりっと後ずさり…しようと思ったら、泰明さんにあっさり抱きしめられる。
 今まで無反応だったクセに〜!!
「あかねはきれいだ」
 やっぱり周囲なんてなんのその、泰明さんはわたしに極上の微笑みをくれる。
「泰明さん…」
 わたしがその笑顔に弱い事、実は知ってるの?
 さらに泰明さんの、わたしを抱きしめる腕の力が強くなって…
 瞳を閉じる。
 唇に、泰明さんの温度を感じる。
 
 幸せに浸りながらぼんやり思う。
 わたしもかなり周囲を気にしなくなってるなぁ…
 気をつけよう。
 
 


 後日、ポスターの前でキスをしていたことが、
 天真と詩紋とランに知られていた。
 が、それはまた別のお話。

 
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