キス。
【彼の仕事】の後日談
 龍神を召喚して、現代に帰ってきてから数ヶ月。
 泰明さんも現代に馴染んできて、モデルのお仕事も慣れてきた頃…
 
 
「おもしろいモンが見られるから、まあ行って来いよ」
 学校帰り、一緒に帰りながら天真君がおかしそうに「その事」をわたしに告げた。と言っても、「その事」を決して天真君は話してくれなかったけれど。
 いたずらっこのように、天真君の薄茶の瞳が揺れる。
「おもしろいものが見られるの?」
「そこに泰明と行ってみればわかるって、な?」
 これしか言ってくれない。
 とにかく、「指定した場所に泰明さんと一緒に行け」としか。
「もう、天真くんてば…」
 ぷう、と頬を膨らませたわたしを見て、天真君が笑いながら
「またな!」と言って走り去る。
 気がつけばそこは泰明さんの住むマンションの前。
 
「あかね」
 
 背後でふいに囁かれた声に、どきりとする。
 きっと永遠にどきどきと胸が高鳴る声は、この人の声だけ。
 突然囁かれるなんて、不意打ちだよぅ。本人は自覚していないと思うけど。
「泰明さん」
 くるりと振り返って、予想通り目の前にいる泰明さん。
 近寄りがたい美貌が、ふわりと微笑んだ。
「先ほどお前と一緒にいた気は天真か。 『学校』、は楽しかったか?」
 毎日、泰明さんは楽しそうにわたしの一日の話を聞いてくれる。わたしも負けじと、泰明さんの一日の話をせがむ。
「うん! 楽しかったよ。
 でもっ…やすあきさんが側にいるほうが楽しいけどっ……」
「? 熱でもあるのか」
 不思議そうにわたしの顔を覗き込んでくる。
「何でもないです…。今日はお仕事早く終わったの?」
 泰明さんのお仕事は「モデル」さん!
 かなりの売れっ子で、あちらこちらのポスターや雑誌で、泰明さんの顔を見かけられる。
 それを見かけるだけで、わたしの心臓は「ばくばく」鳴ってるのだけれど、これはナイショ。
 本人は自分の写真に全く興味ないみたいだけどね。
 ファンも多いんだぞぉ。
 
「今日は早く終わった。あかね、なぜ睨む?…やはり熱があるのではないか」
 綺麗な白い指先が、そっとわたしの頬に触れてくる。
「ん。ホントに何でもないよ」
 その指先に、自分の指を重ねてみる。
 泰明さんが微笑んでくれる。
 うん、幸せ!
「泰明さん、天真くんが行ってみろっていう場所があるの」
 「あの事」を思い出して、泰明さんにご報告。
 泰明さんと一緒に行けって、言ってたよね。
「天真が? なぜ」
 いぶかしげな表情で、泰明さんがわたしを見つめる。
 現代に帰ってきてから、散々天真君にからかわれてたからなぁ…泰明さん。
 そこまで警戒した表情しなくても(笑)
「う〜ん。『おもしろいものが見られる』の一点張りで…とにかく行って見よ?」
 気になるし。
「お前がそう言うのならば、行ってみよう」
 憮然とした態度で、泰明さんが歩き出す。
 …でも、歩調は合わせていてくれて。
「大好き、泰明さん!」
 そう言って、わたしは泰明さんの片手に腕を絡めた。
 
 
「こ、これっ………!?」
 そう言ったきり、わたしは言葉に詰まってしまう。
 見つめてるのも恥ずかしいよぅ。
「…………」
 泰明さんは表情も変えずに、ただ「壁」を見つめている。
 思わず辺りを伺ってしまったりなんかしてっ。
 ああぁぁっ!! 人通りが多いよぅっ!!
 でも泰明さんは人混みなんか気にしない人だし!
 どうしよぅぅぅ?!
 天真君に教えられた『おもしろいものが見られる場所』に来たのはいいけれど……
 これは何?!
 どういう事ですか!? 天真君ってば〜。
 
 街中の、壁。
 そこに何枚も連続して貼られているポスターは………
 あきらかにわたしと泰明さんのキスシーンだったのよぅっ!!
 何かのCMのポスターっぽいけど…本人に了承を取ってぇぇ。
 しかもこのキス現場には覚えがあるような、ないような…。
 ああもう頭が回転しない。
 とにかくここから逃げなくては!!
 感のよさそうな通行人の人が、こっちを見てるよぅ!?
 
「やすあきさんっ、行こうっ!」
 ぐいっと泰明さんの腕を引っ張ってみる。
「……………」
 無反応。
「泰明さん! やすあきさんてば〜!!」
 ぐいぐいとさらに引っ張ってみてもダメ。
 
「……………きれいだ……」
 
 無反応だった泰明さんの、突然の言葉。
「え?」
 さっきと変わらずで、ひたすら視線は壁のポスターに。
 でも、その眼差しと態度が、あまりにも真摯に一点に注がれていて。
 その姿は、とても人目を引く。
 思わず視線を辿って、わたしは赤面してしまった。
「ややや、やすあきさんの方がきれいっ…!!」
 じりっと後ずさり…しようと思ったら、泰明さんにあっさり抱きしめられる。
 今まで無反応だったクセに〜!!
「あかねはきれいだ」
 やっぱり周囲なんてなんのその、泰明さんはわたしに極上の微笑みをくれる。
「泰明さん…」
 わたしがその笑顔に弱い事、実は知ってるの?
 さらに泰明さんの、わたしを抱きしめる腕の力が強くなって…
 瞳を閉じる。
 唇に、泰明さんの温度を感じる。
 
 幸せに浸りながらぼんやり思う。
 わたしもかなり周囲を気にしなくなってるなぁ…
 気をつけよう。
 
 


 後日、ポスターの前でキスをしていたことが、
 天真と詩紋とランに知られていた。
 が、それはまた別のお話。

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