彼の仕事
 少女は人混みの多い街中で、きょろきょろと誰かを捜していた。桃茶色の綺麗な髪がその度に揺れる。
 しばらくして、その少女の視線が止まる。
 なぜか、周りの通行人達の視線も止まった。
 
 わたしの視線の先には、大好きで大切な人がいる。
 わたしに気付くと、急ぎ足でこっちに来てくれる。
「…あかね。待っていてくれたのか?」
 それはそれは嬉しそうに、幸せそうに笑う。
 …わたしにだけ向けられる笑顔。この雑踏に、違和感を感じるほどキレイな容姿。
「泰明さん!…どうでした??」
 無条件に自分を慕ってくれている子供みたい…。
 泰明さんを見ているだけで幸せ…とかぼんやり思う。

 龍神を召還してから数ヶ月、わたしは現代に帰ってきた。
 泰明さんも「一緒に行く」って言ってくれた時には、嬉しくて、興奮して、なんだか現実味がなかったけれど…
(泰明さんの住む場所を探したり、仕事を見つけたり、まぁ、とにかくこの短い間にいろいろあったなぁ…)
 
 今日は泰明さんの「仕事」の終わりを待っていた。泰明さんはとても目立つからすぐにわかる。雑踏にいても感じる…雰囲気が澄んでいる感じ。泰明さんのいる所。

 泰明さんの出来る仕事…最初はとっても悩んだけれど。
(きっとスタッフ泣かせなんだろうなぁ…泰明さんてば…)

「あかね? 何を考えているのだ」
「ひゃぁっ…!? やすあきさんっ、ここ人がいますからっ!」
 両手で顔を包まれて、泰明さんの方に向けられる。
 ちろりと辺りの様子を見れば、振り返りながら去っていく人多数。
(泰明さーんっ?!)
 泰明さんは、全く周囲を無視。っていうか、視界に入ってないと思う。
 その証拠にいぶかしげな表情でわたしを見つめる。
「?? それがどうかしたのか。
 …何を考えていた、あかね?…私は知りたいのだ」
 この頃泰明さんはこういう態度に出ることが多い。
 疑問をたくさん抱えた子供だよやっぱり。答える方は勇気がいるんだけどなぁ。
「…幸せだなぁって思っていたんです。泰明さんのお仕事も順調だし」
 ぐっと更に泰明さんがわたしに顔を近づける。吐息がかかりそうな程近く。
「や、泰明さん?!」
 真摯な瞳。
「ならばなぜ悲しむのだ? 気が乱れている。
 最近私といると、あかねの気は沈んでいる…」
「そんな事ないっ!…あ…」
 言ってから、「何」が心に引っかかっていかに気付く。
「お前の心が全て欲しい…あかね」
 囁かれる。
(そうすればお前の考えていることも、全部わかるだろうに)
 切ない切ない顔。
…ざっと近くで、足音。
 
「シャッターチャンスっ!!
 泰明君、そんな表情も出来るんじゃなぁーいっ!!」
 とびきり元気のいい声が、街中に響いた。
  
「…」
「…うるさい」
 ブッチョウ面の泰明さん。わたしたちの隣には…カメラを両手に握りしめた、いかにもカメラマン…な女の人。
「えと…どなたでしょうか? !もしかして?!」
 わたしが反応して泰明さんから離れる。そしてその人を見つめる。にっこりとその人は笑った。
 泰明さんが無表情な顔で答える。
「…仕事の一員だ」
「って事は、プロのカメラマンさんっ?!」
 驚きの声をあげる。
 その人は器用にウィンク一つ。
「そういうあなたの隣にいる人もプロのモデルさん、ね?」
 楽しそうに笑った。
 そうなのだ。泰明さんのお仕事はモデルさん。
 愛想の欠片一つない泰明さんが、この世界でやっていけるのかと心配したけれど…どうにかなっている。
 泰明さんを使いたがるデザイナーやカメラマンが後を絶たないとか。
 始めて数ヶ月…たったそれだけで泰明さんは売れっ子モデルにのし上がってしまった!!
 
(嬉しいけど…複雑)
 地面の石をコン、と蹴ってみた。
(泰明さんと一緒にいるとき…気が乱れたのはきっとわたし…)
 かぁっと顔が赤く染まる。
 
「あかね…?」
「今いい表情してる、彼女!」
 カメラのレンズをわたしに向ける。思わずその人のカメラに飛びついちゃった。
「見ないでっ」
 カメラをぎゅっと抱きしめる。
 絶対今自分の顔凄いことになってるっ!!
 カメラを抱きしめて、その場を動けなかった。
 
 泰明さんとカメラマンの女の人は、二言、三言何か言葉をかわす。聞いていられるほど冷静じゃいられない。そうしてその人は去っていく。
(わたし、泰明さんの仕事にヤキモチ焼いていたなんてっ!)
 泰明さんが遠くなるみたいで。現代に馴染むのは嬉しいけれど、寂しかったの。
 うん、寂しかった…。
 
「あかね」
 抱きしめられる。
「もっと呼んで? あかねって…」
「あかね…」
 真面目な顔で呟く。何度も繰り返してくれる。
「あかねがいれば私は何もいらない。お前がいなければ自分は存在する意味がない」
 その言葉でわたしは安心しちゃうんだよ。ゲンキンだよね。
 
「何かあの人に言われた?」
 わたしはもごもごと聞いてみる。
 きっとあのカメラマンの人は気付いたハズ。わたしが寂しがってたって。
「問題ない」
 どう言葉の意味をとったのか、泰明さんは微笑んでそう答えた。
「カメラは後で取りに来るそうだ」
「うん」
 うっとりと泰明さんの笑顔に見とれる。
 純粋で、キレイ。と、彼は困った顔をする。
「あかね」
「ん?」
「お前に見つめられると、おかしな気分になる…」
 ぐぐっとまたまた顔が急接近。
「や、泰明さんっ!?」
 すっかり忘れていたけど、周りには通行人がっ!!
「…あかね…」
「…っん…」
 泰明さんに名前を呼ばれただけで、もう通行人なんてどうでもよくなった自分がいる。
 熱い唇。強引に重ねられたキス。

 寂しがる必要なんて、どこにあったのかな…。泰明さんはいつだってわたしの事を想っていてくれてる。それを忘れていたなんて、わたしのバカ。
 幸せすぎて、どうにかなりそう。



 使い捨てカメラを握りしめた女性が一人。
 それはさっきのカメラマン。悔しそうに、嬉しそうに呟く。
「あんな表情、させたくても誰もさせられないわよ。 貴女以外は」
 
−だから自信を持ちなさいよ?
 
 ふふふ…と邪な笑いを浮かべる。
「この写真。使い捨てで撮ったけど…使えるわね」
(ちょっと被写体が遠かったけど、ね)




  
 後日、とあるポスターの一面が、あかねと泰明のキスシーンであることが発覚する。
 ポスターを剥いでいく人間の数が異様に多かった事を書き添えておこう。
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