お願い事
 今日は、屋敷で仕事を片づけていました。貴女は飽きもせず、私の隣に座っていましたね。
「鷹通さん、お仕事中ごめんなさい!! お願い事があるんですっ」
 仕事に没頭していた頭に、ふっと元気な声が聞こえてくる。
 顔を上げれば、目と鼻の先に貴女の顔。貴女の笑顔。
 何かを発見した、好奇心いっぱいの瞳。
「謝らないで下さい? 屋敷にまで仕事を持ち込んだ私がいけないのですから。…何でしょうか?」
 私は貴女の笑顔に抗えない…実は知っているでしょう?
 貴女が笑っていれば、私も自然と笑みがこぼれてしまいます。
 貴女を私の屋敷に招いてから1週間。早いものです。
 今が本当に現実かどうか実感したくて、信じたくて、私は片時も貴女から離れられない。
 貴女が見えない場所では、仕事さえ手につかない。情けないことです。
 
 友雅殿にはからかわれてしまいました。
「以外と独占欲が強かったんだねぇ、鷹通」
 そのようだったらしいですね。
 貴女は私の目の前で、無邪気に笑う。
 肩で切りそろえた桃茶色の髪が、ふわりと揺れた。
「実は。あの、その」
「??」
 意味もなく両手を合わせて、指を遊ばせる貴女。
 ちらり、と私の方を見てから、下を急に向いてしまう。
「えーっと…」
 ぼそぼそ呟く。
「顔、赤いですが…。熱でも??」
 友雅殿なら、気の利いた言葉をかけられるのでしょうが…。
 ぼぼっと、貴女の顔は更に朱に染まってしまって。
(どのようなお願いなのでしょうか?)
 ちょっと間を置いて考えてみる。
「………」
「…鷹通さん? 鷹通さんも顔、赤くなってきてますケド…?」
「っ!? ちょ、ちょっと頭を冷やしてきますっ!!」
 指摘されて、立ち上がりかける私。それを止めたのは貴女。
(私は、私はっ!!)
 頭の中は大混乱だった。
「頭を冷やす?? とりあえず、私達2人とも落ち着きましょう!!」
「…はい」
 すうっと2人そろって深呼吸する。
 なぜか、貴女の目と合ったら笑ってしまった。貴女も笑った。
「わたしのお願い事! 何ですけど、…ちょっと言うのに照れただけです」
「はぁ…?」
 私は首を傾げる。
「言いますよ?! 笑わないで下さいね? あきれないで下さいね!?」
 なんだかやけに力んで聞いてくる。
 こくん、と頷くしかないでしょう?
 と、私の膝に手を乗せて、貴女はぐっと前のめりに体を伸ばす。
 どくん。と、胸が高鳴る。
 −耳元で、紡がれる言葉。暖かい吐息。
「…え?」
 無邪気な瞳の中に、少しだけ含まれる悪戯な光。サラサラとした髪の感触。
 
 右首筋の宝珠に、…貴女の唇が触れる。
 
「…み、神子殿っ!?」
 ふっと貴女は離れる。
 私は宝珠を「ばっ」と、両手で覆った。
「了承を得る前に、実行しちゃいました☆」
 てへっと舌を出して笑う。
「貴女って方は…」
 真っ赤な顔であろう私が、抗議の声を上げようとする…でも。
「ごめんなさい…怒りました??」
 そんな顔されたら怒れません。それに。
「…怒っていませんよ。驚いただけです。
 触りたければ、手で触っても良かったのではっ…」
 言いつつ自分が赤くなる。ふっと、真面目な顔で貴女が言う。
「手よりも、唇の方が近く感じません?」
−ダイスキナヒトノココロ・オト。
 貴女の唇が、声を出さずに言葉を紡ぐ。
「…そうですね」
 少なくとも私は。そして貴女も。
 嬉しそうに、貴女は私の腕の中に飛び込んだ。
 可愛らしい、貴女。
 暖かい、貴女。
 
「今度は、私のお願いを聞いて下さいますか?」
 
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