世界を一瞬で変えた、その
 その物語を読んだ時、今まで彩のなかった世界が鮮やかに変わった。ただ生きているだけだった私の世界に、風のように走り抜けた彼の人生の物語は、初めて純粋な喜びと、楽しさと嬉しさと好奇心、そして悲しみを教えてくれた。
 そして願った大それた思い。
【彼を救いたい】
 私は、彼の絶対の味方でいる自信がある。こんな私でも、出来ることがあるかもしれない。そんな想いを、ずっと抱えてきた。
 
 
「…とか、思っていたんですが」
 テーブルに両肘を付き、ふぅと溜息。と、テーブル前方に影が落ちる。
 
「あ? なんだよバゼット独り言か?」
 青い髪と真紅の瞳の、おそらくかなり整った精悍な顔立、長身…ランサーは、片手におたま片手に鍋と、とても器用な持ち方で立っていた。
「独り言です。気にしないで下さい」
 もちろんエプロン着用。どこかの赤いサーヴァントを彷彿とさせる。彼にこんな事をさせている自分に正直悲しくなる。
 早く仕事を見つけなければ…っ!
 
「へいへい」
 おざなりに答えながら、ランサーがテーブルに鍋を置く。
 鍋の中身はクリームスープの様な液体が湯気を立てている。鍋とおたまをテーブルに置くと、くるりとランサーは背後にあるキッチンへと戻り、手早くマグカップを2つ持ってきた。
「この館、こんなキッチンありましたか…」
 いやむしろおたまにマグカップなんてあったんですか…?
 今度はサックリと私の呟きはスルーされる。ランサーはおたまで鍋の中身をさっとすくい、一つを私に手渡してきた。
「ほら、飲めよ。バイト先のおばちゃんに教えてもらった一品だぞ」
 牛乳とコンソメと野菜で作れて簡単でウマイぞ、とか呟いている。
「これはこのまま飲む物なのですか」
 手渡されたカップを受け取りつつ、結構具沢山のカップを覗く。
 律儀にサイコロ型になっているニンジン、ジャガイモ、なんとなく白い液体の中に見える緑と赤っぽいものはピーマンとベーコンだろうか。
 こういったものは、普通マグカップに入れるものなのか?
 
 あのなぁ、とランサーが飽きれ声で話し掛けてくる。
「いっつも缶詰突いてるヤツがなぁに言ってやがる。一気飲みとかすんなよおぃ」
「ぷはっ…飲みました」
「…言った側からかぃ」
 がくーんとテーブルに額をぶつけるランサー。
「ランサー、中身が零れます。不注意ですよ」
「はいはい一瞬でも目を放した俺が悪かったー」
 そこはかとなく哀愁の漂っている彼を見て、つい笑ってしまう。慌てて口を手のひらで隠すが、じろりとランサーが睨んでくる。
「す、すみません…ふふ…」
「まぁいいさ」
 テーブルから顔を上げて、私の空になったマグカップを手にとり、またスープを注ぐ。
「今度は一気飲みすんなよ、火傷もしたらヤバイしな。たまにはゆっくり味わえ! 俺の顔でも拝がみつつな」
「…善処します」
 
 2度目のスープは、久々にゆっくりと飲んでみた。
 人と一緒にゆっくり食べるって、以外に楽しいものなのですね。
 
 【彼】は想像の貴方とは全然違ったけれど。むしろ私が救ってもらっているような気がするけれど。昔私の世界を一瞬で変えたその物語は、今現在も色鮮やかに続いている。
> 「半端に途切れた10のお題」配布元【気楽に10のお題】 > 世界を一瞬で変えた、その
2005/12/15
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