沈みかけた
 朝靄の降りる早朝、まだ人々は眠りについているそんな時間。呼び寄せていた車の後部座席に乗り込み、車外にいる彼を手招きする。
「行きましょう、ランサー」
「今度はどこ行くんだよ」
 移動めんどくせぇと呟やきつつ、黒のカジュアルスーツを着崩している彼が私の隣にドサリと、少々乱暴に乗り込み、ふわり、と彼の長い後ろ髪が私の肩にかかる。
 ドアを閉めると、ゆっくりと車が動き出す。
 
「今回は久々に日本です」
 私は足元に置いておいたアタッシュケースを手に取り、ぱかりと開ける。そして入れておいた書類を取り出して目を通す。
 ふーんと、特に感慨もなさげに彼が頷く。
「内容も聞く?」
 読みますよ?と尋ねると、「メンドイから現地で聞く」そう言って。
 
「ランサー?」
 私の身体に体重をあずけて彼は目蓋を閉じる。
「空港着いたら起こせよ。俺は寝る」
 すぐに静かに、そして規則正しく聞こえ出す吐息。
「まったく」
 そう言いつつも、特に怒りも湧いてはこない。彼が彼らしく、自然体でいる事が私は嬉しいからだ。
 しばらく書類に目を通していた私だが、ふと、車窓に目を向ける。
 
 霧も段々と晴れて。映るのは静かな古き良きレンガの街並み。静寂に満ちたまだ目覚めぬ街。空を見上げれば薄く沈みかけた月と、段々と辺りを照らす朝日の光。
 なぜか、表情が緩むのがわかった。
 明けない夜はない。沈み続ける事はない。この身体に感じる重みが、今は、全て。
 彼が眠っているのをいい事に、一房、青い髪を手に取って口付け。
 
「幸せ、掴み取れました」
 一緒に今度こそ歩いて行こう。
> 「半端に途切れた10のお題」配布元【気楽に10のお題】 > 沈みかけた
2005/12/26
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