迷う背中を蹴り飛ばすから
 ガチャコン。ガシャガシャ。
 ガシャッ。
 ガゴゴゴン。
「痛っ!」
 
 本日、壊滅的な音が衛宮邸のキッチンから鳴り響いていた。
「あーなんていうか」
 額に片手を当てて、凛は頭が痛そうに顔をしかめてみせる。
「姉さんの言いたいこと、わかります・・・・」
 困った顔で桜があはははと力なく笑う。
 
「サクラ、リン。・・・・あれは調理していると言うのでしょうか」
 生クリームを泡立てながら、ライダーは音の元凶先に軽く視線を流し、すぐに2人に視線を戻す。
「わたし達に聞かないでちょうだい。こっちが聞きたいわよ」
 むぅと、凛も戦闘中調理中のバゼットに視線を流す。スーツにエプロンと、なんともキッチンには不似合いの格好で、必死にまな板をチョコレートを刻んでいるバゼット。
「バゼットさんて、なんでも出来そうに見えるんですけど・・・なんというか不器用ですよねー」
 バコーンと、脇にあった牛乳パックに腕が当たり、中身を散乱させてパックが床に落ちる。ふと床に視線をやれば、牛乳パックと同じ末路をたどった食材や調理器具、はたまた皿が散乱していた。
『・・・・・・・・・・・・・・』
 凛と桜とライダーはおそらく同じ気持ちで視線を交わしあい、声なき溜息をついた。

 そしてこちら衛宮邸居間。
 激しく不安そうな顔の士郎と、苦虫を噛み潰したような表情でコタツにいるランサー、わくわくしながらコタツでせんべいをかじっているセイバーが向かい合っていた。
「なぁ坊主。激しく嫌な感じがひしひしと伝わって来るんだが・・・消えてもいいか」
「いや、いてくれ。というかむしろいないとヤバイだろ」
 ひっそりと交わされる言葉。
「? 2人とも何を恐れているのです。手作りチョコレート最高ではないですか!」
 セイバーは目をきらきらと輝かせて、もうすぐ出来上がるであろうチョコレート菓子に想いを馳せる。
 おそらく今日が「何の日」かも気付いていないだろう。
「台所から聞こえてくる異音がなけりゃそりゃ俺だって嬉しいんだがな・・・」
 ぼそっと、ランサーが呟く。
「あー同感」
 後片付けはきっと自分なんだろうなぁと、士郎はガックリと頭を垂れる。が、ふとランサーに視線をやり、 
「とりあえず、頑張れ。とにかく頑張れ。てか 頑 張 っ て く れ
 衛宮邸の安否はお前にかかっているんだランサー!とばかりに力強く。
「オイオイ、マジ勘弁してくれー・・・」
 
 
「じゃ焼くものは以上で、残りは冷蔵庫に入れて固まるまで待ちましょ」
 ふーっと、凛が疲れた顔で、しかし満足そうに皆に声をかける。
「はい、姉さん」
「了解ですリン」
「・・・・・・・・・」
「バゼット・・・・?」
 一心にオーブンの中をバゼットは見つめていた。
 桜がくすりと笑みを零す。
「バゼットさんてかわいいですよね〜♪」
 凛も微笑ましそうにバゼットを見つめる。
「そうね。今のバゼットを見てると年上だとは思えないわ」
「まるでときめく女子中学生の様、とでもいいますか」
「わ、ライダーそれすごいイイ例えっ」
 バゼットを横に話が盛り上がっていたが、当の本人は全く気が付かず、やはりオーブンに視線を釘付けたままだった。ほんのりと穏やかな笑顔を時々浮かべて。

 

「はい、完成ですっ! お疲れ様でしたっ」
 にっこりと、桜がラッピングされたチョコレートをバゼットに渡す。
「えと、お、お疲れ様でした」
 不自然にそれを受け取り、バゼットは困ったように3人に視線を回す。
「凛、桜、ライダー。その、足を引っ張ってしまいすみませんでした」
「気にしない気にしない」
 ぱたぱたと片手を左右に振って笑う凛と、
「そうですよ〜気にしない。とってもいいものも見れましたし」
 両手を後ろに組んでにっこりと桜が笑い、
「なかなか有意義な時間でした」
 眼鏡をすっと上げたライダーが穏やかに微笑んだ。
「3人とも、本当にありがとう」
 バゼットも安心したように笑顔を見せる。
「で、それはやっぱり居間にいる誰かさんによね」
 それはそれは楽しそうに凛がバゼットに問いかける。
「・・・っ!?」
「愚問じゃないですか姉さん。ね、ライダー?」
「そうですね。それ以外ありえないでしょう」
「いえあの、その、ですねっこれはっ!」

 

『いいから渡してきなさい』


 同時に被った3人の声は、まるで背中を蹴り飛ばされたような衝撃。
「・・・あぅぅぅ」
 押されるように出た居間には、なぜか少し端に避けている士郎とセイバー。そして・・・

「ランサー・・・・」
 バゼットはランサーの名前を呟いて。
 居心地悪そうにコタツに座っているランサーで視線は止まってしまう。
「・・・よう」
 片手を上げて挨拶をしたランサーはそのまま黙ってバゼットを見つめる。
「こ、これ」
 頬を染めて、必死にラッピングされたチョコレートをバゼットは差し出した。
 瞳を閉じてバゼットは待つ。

「ありがとよ」
 すっとランサーがバゼットの手からチョコレートを受け取る。ぱっと瞳を開いたバゼットが、頬を更に染めてしゃべりだす。
「も、もちろん義理ですからっ・・・っ!」
 全く説得力のない言葉を紡いで、あわわわと両手で頬を押さえる。
 ぶっと、ランサーは吹き出して手を伸ばしてぐしゃぐしゃとバゼットの髪をかき回す。
「ちょ、何するのランサーっ」
「オレ流の愛情表現だ気にするな」
 避けていた士郎がほっとしたように笑顔を浮かべる。台所から成り行きを見守っていた3人も思わずガッツポーズ。セイバーもにっこりと微笑んだ。

 

余談、その後衛宮邸は崩壊せず、けれどサーヴァントであるランサーがしばらくチョコ嫌いになったのは激しくフラガさんには秘密となるのでした。
ちゃんちゃん★
> 「強く、7題」 配布元【空詩】 > 迷う背中を蹴り飛ばすから
2006/2/13
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