小説の目次へ戻る
Fate/hollow ataraxia
私の幸せは私が決める
★
「では、もう行きます」
多くの未練がましい言葉も、涙も、私達にはいらなかった。
□
「ぇええ! 故郷に帰るって!?」
士郎君はかなり驚いたのか、声のボリュームがとても大きく居間に響いた。
「はい。色々考えたのですが、久々に帰省してみようかと」
切り出した内容に自分自身頷きつつ、返事をする。
「別にここにいるのが嫌になったわけじゃないよな?」
士郎君は私の目をしっかりと見据えながら「俺は迷惑とかしてないからずっといても構わないんだぞ?」と、士郎君らしい暖かい言葉が添えられる。
「ご好意感謝します士郎君。決してここにいるのが嫌になったワケではありません。しかし、今までの出来事を落ち着いて整理してみたいので・・・」
聖杯戦争での事。自分自身の事。今なら落ち着いて整理できそうで。自分の原点に戻って考えてみたいと思った。
しばらくお互いに沈黙。
その沈黙を壊すように、士郎君が息を吐き出した。
「・・・そうか。バゼットがそこまで真剣に考えてるなら、帰ったほうがいい。思いつめてたり落ち込んでたりしていたら止める所だったんだけど」
沈黙と私の表情から何かを読み取ったのか、士郎君は笑顔になった。
「本当にありがとう、士郎君」
私もつられて笑みを浮かべる。
「でもさ、パスポートとかどうするワケ?」
素朴な疑問を口に出した士郎君に、予想していた答えを返す。
「協会側の協力がなくとも、私にも多少のツテがあります。凛も口ぞえをしてくれるようですし、大丈夫です」
最初は中々打ち解けてくれなかった凛も、最近はよく話すようになった。なんとなく、ウマが合うと言うのだろうか。あの前向きな性格には救われる。時々その勢いに乗せられてヒドイ目にもあったりはしましたが。
「じゃ、とりあえずは問題なく帰れるんだ」
ふと、士郎君の表情が曇る。
「士郎君?」
「あー、あのさ、差し支えなければでいいんだけど」
「はい?」
「・・・・カレンとランサーにはもう話した?」
息を吸い込んで、私は上手く言えただろうか。
「出立の日に、教会に行きます」
□
大分修繕されてきた教会の床に、コツコツと自分の足音が鳴る。
頭上を見上げれば、陽光を浴びるステンドグラス。朝の光がゆっくりと差し込んでくる。
ここは大して『あの時』と変わっていない。彼を思い出してしまう場所。そして彼を彷彿とさせる人がいる場所。
けれど、今はそれを思い返しても心は乱れない。
「あら、何も言わずに出て行くのかと思っていたのに」
カツンと、2種類の靴の音を響かせて、教会の奥から出てきたのは。
「ランサー・・・、カレン・・・」
視線を戻した先には、私を見つめる黄金の瞳と真紅の瞳。
「帰省するんですってね?」
カレンは私の目の前まで来ると、左腕に視線をやり残念そうに息を吐く。
ランサーはカレンの背後でピタリと立ち止まった。私の行動をただ、ひたと見据えるように。
「ええ、今日発ちます」
きっぱりと放つ言葉。迷いはない。私自身を成長させるために私は帰るのだ。
視線は彼に。
カレンはしばらく私の左腕を見つめ続け、ふいに顔を上げる。
そして微笑む。いつもの何か企んでいるような笑顔ではなくて、それは柔らかい微笑み。けれど、出てきた言葉はいつもの通り。
「餞別にコレを貸してあげようと思ったんだけど、その必要はないみたいね」
ランサーに振り返り、すぐに私に視線を戻す。そして「残念」と、カレンが特に感慨もなく呟く。
【貸す】と言う言葉にピクリと反応してしまった私は、つい言い返してしまう。
「今しばらくランサーを貴女に預けておくだけです。必ず返してもらいますから」
「じゃ、その時はその左腕はくださいね」
「それとこれとは別でしょう」
お互いにっこりと笑顔を交わす。お互いに譲れない。
ふと、腕時計に目をやれば、出立の時刻が迫っていた。
「そろそろ時間なので行きます。カレン、一応礼を言っておきます。あの時、助けてくれてありがとうございました」
きょとん、とカレンが目を瞬かせる。
「・・・素直なあなたはやりにくいわね。気にしないで、当然の事をしただけです」
そう言って、くるりと背を向けて祭壇前に歩き出す。
「カレン?」
「主が貴女をお守りくださいますよう、一応祈っておいてあげるわ」
早く行っちゃいなさいよ、と祭壇前に跪いて祈りだす彼女から聞こえてくるようで。
本当に祈ってくれている事も伝わってくるので嬉しくて顔が緩む。
そして今まで一言も発さなかった彼にきちんと向き直って。
「ランサー」
「おう」
いつもと変わらない自然な態度。じっと私の顔を見つめてくる。
「行って来ます」
にこ、と自分にしては普通に笑えたつもり。
「ああ、行って来い」
にっと、ランサーも笑い返してくれる。
全て、分かってくれている広い心。
この身ひとつで、私は行きます。
私が、私を許す為に。
私が、私を知る為に。
私が、私を幸せにする為に。
「では、もう行きます」
多くの未練がましい言葉も、涙も、私達にはいらなかった。
私は2人に背を向けて、教会を後にする。
この身ひとつで、私は出かけよう。
私自身の世界を広げる為に。
そしてまたいつか、貴方と一緒に。
> 「強く、7題」 配布元【
空詩
】 > 私の幸せは私が決める
2006/1/14
このページの先頭へ
|
小説の目次へ戻る
|
前へ
|
次へ
|
小説の管理