後悔したって手遅れ、そうでしょ?
それは、なんとなく呟いた一言だった。
「そーゆーの着る様になったんだな」
 視線でバゼットの深いワインレッドのスーツに目をやる。
 スーツ自体は過去となんらかわりはしないけれど。
 
「これですか」
 ぴらと、バゼットは無造作にスカートの端を手に持つ。
 スリットの入っているスカートから、無防備に覗く白い腿が露になる。
 
 おいおい誘ってるのかよ、と一瞬考えるも、相手がこれっぽっちも意識していない事、無条件で自分を信頼している事が分かってしまっていたので、手なんて出せる状況でなかった。
 全体的に艶っぽくなったバゼットを前に、やたらと葛藤する自分。そんな苦悩もいざ知らず、バゼットはなんと答えるか少し悩み、
 
「心境の変化です。おかしいですか?」
 肩にかかった髪を後ろに払いながら、なぜかふわりと笑った。
 
『私たちは勝てるでしょうか?』
 
 目の前の女の姿が、今のしぐさとは全く違うはずなのに、4年前とだぶる。
 そして、少しばかり残念な感情に気が付いて苦笑い。
 クーフーリンとあろう者が、過去の事を残念がっている。
 なんて滑稽。
 しかし、この女の過ごしてきた4年間を思うと、惜しくて仕方なかった。自分が見ていなかった時間、この女はどれほどここまで来るのに磨かれたのだろう。
 それ程、今のバゼットは魅力的だった。
 
「ランサー?・・・クーフーリン?」
 反応のない自分を疑問に思ったのか、バゼットがオレの頬に手を伸ばす。
 
 今、俺に触れるな。思考はそう思った。けれどその手をそのまま絡めとって、俺はバゼットを背後から抱きしめる。
「・・・・っ」
 その均整の取れた肢体の感触に、酔う。
 その惹かれてやまない心に酔う。
 
 まるで自分と同じような長さの髪に口付けを落とす。
 それが離れていた時間を示すようで。
 無意識に伸びた腕は、スリットをかき分けて腿に指を這わせる。
 びくりと身体を反応させたバゼットは、1つ深呼吸。それから身体の力を抜き、背後の俺に伸ばされた腕。---優しく俺の髪をなぜる。
 
「・・・4年前の出来事がなければ、私はきっとずっと臆病で、変われないままだったかも知れない」
 俺に向けた言葉なのか、自分自身に向けた言葉なのか、呟く。
 
「世界がこんなにも広くて、色々な生活があって価値観があって、悲しいことがあって嬉しいことがあるなんて、今まで逃げてきた自分には知らないことばかりだった。・・・あなたやアンリや士郎君や・・・コトミネに会えて良かった」
 身体をひねり、俺に顔を向けたバゼットは本当に嬉しそうに微笑んだ。
 悩んだこと、傷ついたこと、全てを成長の糧にして。
 宝石の原石は美しく研磨され。
 
「色々あったけれど、こうしてまた貴方を呼べた」
 それが一番嬉しい、とバゼットは囁く。
 それは俺を絡め取る言葉。
 
「・・・いい女になりすぎ」
 囚われっぱなしの自分の気持ちに向けて悔し紛れに一言。
 
「おや、それは光栄」
 楽しそうにそう返してきたバゼットの言葉に、負けたなぁとなぜか思ったのは、絶対に本人には言うまい。
 
 とりあえずはこの目の前にある、俺を絡め取る言葉を紡ぐ唇を、どうやって塞ぐかに専念しようじゃないか。
> 「強く、7題」 配布元【空詩】 > 後悔したって手遅れ、そうでしょ?
2006/1/6
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