それではまるで
「ちょ、待ってランサ…っ」
 私の全部を見抜くように、真っ直ぐに心に進入してくる彼が、怖かった。ためらいもなく私に触れる貴方の腕が理解できなかった、臆病な私。
 どうやって貴方と向い合えばいいのかわからない。
 その時左手が、まるで意思があるかのように、思い切り彼に叩き込まれた。
 
 
 
「た、助かった…」
 衛宮邸の1室。バゼットが間借りしている部屋、そこには壁に寄りかかって息も荒いバゼットと、少し距離を置いた場所にランサーが。
 ぜーはーとバゼットは胸元を押さえて深呼吸。
 一方ランサーはあぶねーと呟いて、先ほど避けたバゼットの右腕を見つめる。
 そうして、あーと呟いてからガックリと頭を下げる。
「コイツがいやがった…。カンベンしろっての」
「あ、左手…アヴェンジャー? ふふふふ…ありがとうアンリっっ」
 バゼットも思い立って、ひしっと左腕を抱きしめる。
 あやうく流されるところでしたっ。
 
「てか、お前ソレがアヴェンジャーっての忘れてたわけ?」
 ずばっとランサーはバゼットに一撃を加える。
「う…そんなことはない、です。ええ」
 一瞬目を彷徨わせたバゼットは、取り繕うように冷静に答える。
「忘れてたわけか」
 ランサーが笑いながらツッコみを入れる。
「忘れていません! なんというか、もう自分の体の一部というか…」
 この腕はそれくらい、馴染んでいる。もう会えはしないけれど、彼の一部はいつでも一緒だ。
「…お前には本当に世話になりっぱなし」
 アンリの顔を思い出して、一瞬バゼットの心が飛ぶ。
 
「ったくやってらんねぇ」
 自分ではない誰かを思い浮かべているバゼットの表情はとても無防備で。こんな楽しそうな表情を浮かべさせるヤツを無性に殴りたくなる。
 
「ぇ、あ、ランサー…?」
 くるりと踵を返して歩き出したランサーに現実にかえったバゼットが反応する。
「帰るわ」
 バゼットに背中を向けたまま、ひらひらと片腕を上に振る。
「待ってください。私何かランサーの気分を損ねること言ってしまいましたか?」
 むしろ私の方が損ねたいくらいなんですが---バゼットは一瞬思うが、すぐに歩き出したランサーの服の裾をがしっとと掴む。
 足を止めてランサーが振り返れば、そこには隠そうとして失敗しまくっている不安に揺れる瞳。
 苦笑をランサーはこらえる。
 
「俺の前で違うヤツの事なんか考えるな」
 さっとバゼットの左手に腕を置いて、あっという間にその距離を詰める。
 交差する瞳と瞳。吐息さえかかる距離。
 先に瞳を逸らしたのは彼女。ぽつりと、呟く。

「それではまるで貴方が嫉妬しているようだ」
 まるでありえない世界の言葉を紡ぐ様に、静かに声を絞る。
 バゼットは俯いたまま地面に視線を落とす。
 は、とランサーは思わず零れた笑いを抑える。
「もっと自信持てよバゼット。お前自身は否定するかもしれねえけどな。お前、いい女なんだぞ」
 ランサーはバゼットの頭を片手で引き寄せ、額に自分の額をごつんと当てる。
 
 
 自分が嫌いで、一生好きになれなくて、それが分かっていながら、少しでも上等な自分になりたくて足掻いている、気の強いけれど弱い---。
 
 
 それは奇しくも誰が思った感情と一致する気持ち。
 
 ゆっくりと、バゼットがランサーと目を合わせる。
 揺れる瞳。
 そして瞳はゆるゆると、彼を受け入れるために閉じられた。
> 「半端に途切れた10のお題」配布元【気楽に10のお題】 > それではまるで
2005/12/20
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