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2008/5/19
白兎の時間
ペーター×アリス
※死にネタですので苦手な方はご注意ください
「…アリス」
 貴女は答えない。
 抱きしめた身体は刻々とその温度を失っていく。僕の手を包み込むように握り締めて、「あんたを残していくのが一番の心配事よ」と、気丈に笑った、最後まで美しい僕の唯一の人。

 優しく貴女の髪を撫で付ける。
 僕が殺してしまった貴女。殺したくなどなかった貴女。
「貴女が居なくなってしまったら、僕は狂ってしまうと思っていたんです」
 けれど、今自分の思考はクリアだ。今までにないくらいに心は静かで、全く波立たない。
「…薄情な僕を叱ってくださいよ? ねぇアリス、御願いですから」
 けれど貴女はもう答えてくれない。
 この世界で、換えの利かない唯一の人。
 僕の中で、最初で最後の愛する人。

「大好きです。愛してます」
 だから置いてなんていかないでくださいよ。
 どこまでも貴女に付きまとうって、僕約束したじゃないですか。
「ねぇ、アリス…?」
 
 
 
 
 真っ白な兎さんは、淡雪のように優しく微笑み、彼女にキスをする。唯一白くない赤い瞳がそっと閉じられる。白。真っ白。純粋で一途な白。
 
 
 
 
 
 

 そして響き渡る一発の銃声音。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 眠るように逝った老女の手には、壊れた金色の、辛うじて【懐中時計】と分かるもの。
 それはしっかりと老女の手に包まれて、満足げに一度だけ瞬いた。
 
 
『アリス…ずっと愛してます、大好きですっ!』
 
 
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> BLACK LAGOON > 鉛色の空を見上げて
2007/4/26
鉛色の空を見上げて
ロック×レヴィ
 彼女が見上げた初めての日本の空は、鉛色したNYの冬空を思い出させる。そしてロアナプラの生活に慣れきった身体には身を切るような寒さだった。
 
 この分だと雪が降ってくるのかもしれない。
 一瞬、走馬灯のようにNYでの生活が脳裏に通り過ぎていく。地べたを這いずり回って生きていたあの頃を。
 しかしすぐに彼女は現実に戻り、目の前で白い息を吐きながら自販機に指を伸ばす彼に視線をやった。
 炭酸の抜け切ったコーラのような、ぬるい世界に全く違和感なく存在出来る男だ。言い方を変えるならば、澄んだこの場所こそが本来彼がいる場所だったものではないか?
 今ならまだ、彼はその世界に帰れる。濁った世界でしか生きていけない歩く死人とは違うのだ。
 
 ガコン、と缶ジュースが落ちる音で、彼女は現実に戻っても夢うつつで彼の一連の動作を見ていたことに気がつく。女々しいな、と浮かんだ言葉を彼女は苦々しく飲み込み、彼のコートに指先を伸ばした。
 
「レヴィ?」
 
 彼は、普段とは違う彼女の行動に、少しだけ驚いたように目を見開く。彼女はその顔を見て笑った。
「なんでもねェよ、バァーカ」
「レヴィ、一応気遣った俺にバカはないだろ」
 彼もいつもどおり、彼女の暴言を聞き流しながら笑った。ほら、と暖かい缶コーヒーを彼女に差し出す。
 
「あったけぇなぁロック」
 缶コーヒーを頬に当てて彼女は呟く。無意識になのか、彼女が掴んでいる彼のコートに皺が多くよった。その動作に彼は気がついて、少しだけ瞳を細め、うっすらと優しく微笑んだ。
 
「ああ、あったかいな」

 
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コードギアス
 
> コードギアス > 記憶
2007/3/25
記憶
シャーリー
「なんで…っ…!」
 手元から落ちたアルバム。そしてまるで地面がないように、崩れ落ちた膝。
 バラバラとアルバムに挟んであったであろう写真が散らばって、見たくもないのに嫌でも写真が目に入り込む。
 
 
 
 お父さんの遺品整理のために、久々に実家に帰った時にあたしは《それ》を見つけてしまった。家に持って来てあった学校のアルバム。
 何の気なしに開いて、あたしは蒼白になった。
 
 満面の笑顔で写っているあたし。
 そして、散らばった写真ほぼ全てに写っているのは。
 
「どお、して…」
 怖くて、怖くて、まるで悲鳴のような声が溢れる。
 最近、急にあたしの視界に入ってくるようになったあいつが、まるで最初からいたかのように、写っている。どの写真を見ても写っている。
 あたしと隣りあわせで笑ってる写真。生徒会の面々と一緒に写っている写真。どこを見ても写っているの。あたしは知らない。記憶にない。でも一緒に写っている。
 
 あいつが。
 ルルーシュ・ランペルージが。
 ゼロが!
 
「知らない。あたしは知らないっ…!」
 ボロボロと涙が零れ落ちる。唇が震える。
 指先にあった写真を握りつぶした。
 アレに関わるのはキケンだ!危険だ!

「…あんたなんて…知らない」
 そうだ、もう関わらない。こんな写真なんて見ない。
 あたしを不安にさせる、覆させるようなモノからは離れなきゃ。
 呪文のように「知らない」と唱える。
  
《ルル…》
 
 誰かの声が耳を掠めたような錯覚。
 
「関わらない。見ない。知らない…」
 それはすぐにあたしの記憶からは抹消される。
 ううん、そんなもの、ない。気のせいだよシャーリー。

 ね?

 
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> バッテリー > Demon's lantern march
2006/7/18 執筆 2007/2/18 一部改訂
Demon's lantern march
豪&巧(高校生設定)
 それはいつものように、自分のミットに綺麗に収まった。
「ストライクバッターアウト! ゲームセット!」
 
Demon's lantern march 
 
 ぽつぽつとどこまでもやさしい小雨と、そのくせからっと照らす太陽の日差し、土と雨の乾いた香り。響き渡る審判の声と、どこまでも響き渡るサイレンの音。息切れしかかった呼吸。上がる歓声。聞こえる嗚咽。ベンチから飛び出すチームメイト。
 
 その風景は全てスローモーションのように、まるでセピア色の映画を見ているようにやさしく、どこまでもやさしく写る。
 ミットに収まっていたボールを手にとって、ぐっと握りしめる。立ち上がって、マスクを取る。そして自分の目に映るのは、そこだけ鮮やかに色のついたピッチャーマウンド。

 ピッチャーマウンドにたたずむあいつは。
 巧は濡れるのも構わず、じっと空を見上げていた。
 
「巧」
 
 呼びかければ、ふっと視線が自分の視線と合わさる。その交わした視線の距離、18.44メートル。自分と巧の、バッテリーと言う名の距離。
 その距離を一歩一歩、噛み締めるように縮める。
 巧と駆け抜けた6年間。それが走馬灯のように脳裏に過ぎる。
 
(あっという間じゃったなあ)
 
そして距離が、
 
ゼロになる。
 
 
 巧の右手を手に取る。いつもなら絶対に、無意識でも振り払うその右手は、今はとても大人しい。そんな事に気が付いてふっと頬が緩む。
 巧の視線は、自分の動きを全て見逃さないと言うかのように、鋭い。
「楽しかった」
 この試合も、6年間も全部。
 辛くて苦しくて何度もこいつのキャッチャーなんて辞めようと思った。何度もコイツと衝突もした。巧の球を受けるのは、自分が野球と向き合うのは、もう楽しいとか純粋に思える次元じゃないと思ってた。けれど今ただ思うのは一つだった。
 ゆっくり、巧の右手にボールを渡す。

「お前の相棒、返すぜ」
「ああ」
「スッゲー楽しかったな」
「ああ」
「これからはお前だけだぞ」
「ああ。俺は、投げ続ける」
 6年前から変わらない、誰にも縛られない、自由で孤高で、そしてなによりも投げることが全ての、巧らしい返事だった。
「どんなミットにでも、俺は投げ続ける。けどな----」
「豪!巧! 全国制覇だぞ!!」
「え?」
 巧の言葉の続きは、駆け寄ってきた仲間達の興奮の波によってかき消された。
 
「全員整列! 礼!」
『ありがとうございましたぁっ!!』
 挨拶の終了と同時にバラバラと皆動き出す。出口には取材陣が構えている。
 マウンドでは、土を袋に詰めたりするヤツや泣き崩れるヤツ。堪えたように下を向くヤツもいれば、かなりのハイテンションで喜びを表現するヤツもいた。
 
 晴れた空に、不思議にまだしとしとと小雨が降る。
 自分は、先ほどの巧のように空を見上げる。
 顔が濡れていくのなんて構わない。
 むしろその雨が、やさしい。空はどこまでも澄んでいて微かに七色の線が浮かぶ。

 巧が無言で、隣に佇む。2人で、空を見上げる。
 
「どんなミットにでも俺は投げる」
「ああ」
「だけどな」
 
 
きっと何年経っても思い出すのは、お前のミットなんだろうな
 
そうか
 
 
 
 通り雨はいつの間にかさらりと止んで、変わらず空は青く晴れ渡っていた。

 
> 八人のいとこ / 花ざかりのローズ
八人のいとこ / 花ざかりのローズ
 
> 八人のいとこ / 花ざかりのローズ > その想いは未だ蕾にもならず
2006/4/26
その想いは未だ蕾にもならず
マック×ローズ
オルコット原作の「8人のいとこ」「花ざかりのローズ」・・・・文庫はすでに絶版されているそうです。そうだよねーうちが生まれる前の時代の本だものね(寂)
もし古本屋でこの2つを見かけましたら、ゼヒ読んでみてはいかがでしょうか。
本当に素敵なお話ですよ。
 ひょろりと背の高い少年は、仏頂面で図書室の隅に居座っていた。
 
「…理不尽だ」
 冷めた瞳で辺りに気を配る。少年の名前は【マック】通称【虫】。本ばかり読んでいるので、いとこ達からはそう呼ばれる。
 が、こんなに薄暗くて埃っぽい中では彼は本を読めない。
 ほんのり青い遮光眼鏡を鼻の上に押し上げ、たった一つの楽しみさえも奪われた気分で、ますます少年は顔をしかめ瞳を閉じる。
 そもそもだ、どうしてあんなに【女】と言う生き物は泣くんだ。興味のない話に相槌をいちいち打つのも面倒くさい。少し前の出来事を思い返して深い溜息。
 
 先ほど、話しかけてきた見知らぬ少女をマックは無視した。重要な用事ならば返事は自分だって返す。けれど少女が次々と問いかけてくる話はうんざりするような内容ばかり。
「何がすき?」「趣味は?」「身長高いよね」「勉強できて凄い」…なんて実のない会話だろう。
 そもそも自分はこの少女の事を名前すら知らないのに、なぜこんな事を聞かれるのか。
「・・・・」
 呆れて言葉も出ない。無言のまま顔を上げて少女に視線をやると、少女は突然泣き出した。困惑したマックの傍に、今まで少し離れた場所にいたらしい、やはり見知らぬ少女たちが数人押し寄せてくる。
「ひどいわ」「話くらい聞いてさし上げても良いじゃないの」エトセトラ。
 マックは慣れた様に、うんざりする気持ちを抱えて席を立った。
 そして現在に至る。

「理不尽だ」
 マックは、自分のいとこ達と比べれば地味な部類だ。けれども、それはいとこ達の中でだけであって、それなりに顔も整っていたし、身長もある、カレッジでの成績も常に首席、眼鏡の奥の青い瞳はとても理知的だった。他所の少女たちが騒ぐのも無理からぬ事だった。
 けれどマックにはその理由が分からない。ゆえに対応に困る。ただでさえ元々興味のない事に関しては無関心を貫き通す性質でもある。そして、こんな事は結構頻繁に起った。
 マックの中で『女性には関わらない』という、暗黙の了解が出来てしまったのも仕方がない事だろう。
 ほとぼりが冷めるまでしばらくこのままかと思うと、ますます理不尽さが募って行く。
 
「…ローズがいればなぁ」
 思わずこぼれた自分の言葉に、マックはしみじみと大切ないとこの少女を思い浮かべた。
 半年前、尊敬するアレック叔父さんと友人のフェーブと共に、遠い異国へ旅立った少女。全ての事に一つ一つ真剣で、真摯に取り組む少女であり、自分を理解する数少ない友人でもある。そしていつもマックに新鮮な世界を見せてくれる少女だった。
 そのいとこがいない今は、ほんの少し何かが物足りない。だからマックは気を紛らわすように、一番好きな勉強に取り組む。何かを学んでいる時は、そんな事を忘れてしまえるからだ。
 ほんの少し少女に思いを馳せて、なぜこうも感傷的になるのか少しだけ疑問に考えながら、マックは見なかったようにその感情から思考をそらした。

 
その想いは未だ蕾にもならず、ただ心の奥に沈んでいる。
いつか花咲くその日まで。

 
> ママトト
ママトト
 
> ママトト > 煙草味の君
煙草味の君
シェンナ×ナナス
 ママトト屋外−…シェンナはいつものように愛用の銘柄のタバコをふかしていた。座り込んだ足下には子犬のナナスが、「ここは特等席」と言わんばかりの顔で寝そべっている。
 ふっと地面に影が落ちる。
「あ……? なんだナナスか」
 タバコを口に加えたまま顔を上げたシェンナは、影の正体を確認してふっと笑う。
「シェンナってばまたタバコ? 『禁止』なんて言わないけど、そんなに吸うとやっぱり身体に毒だよ」
 自分の事を気遣う声。
「ヘーキだよ。吸ってるヤツほど以外に丈夫なもんなんだぜ?」
 逆光でナナスの表情がよく見えないシェンナが、瞳を細める。
 ナナスが顔を傾ける。細く柔らかい銀髪が、惜しげもなくサラサラとシェンナの額にかかる。
「そうなの?!」
 純粋にナナスが驚く。
 ぶっとシェンナが吹き出した。
「ぶぁーか! 真に受けるなよ、例えだよ、例え!」
 シェンナは、口にくわえていたタバコを地面でもみ消す。
「例え…」
 オウムのようにナナスが呟く。
「そう、例え」
 はぁ、とナナスがため息をつく。
「僕もタバコが吸えれば、シェンナの気持ちが少しは分かると思うんだけど…」
「吸ったらお前咳きこむしな!」
 シェンナが笑う。…と、シェンナの腕がナナスの顎に伸びる。
「!…っ!?…シェ……ん……」
 ナナスの瞳が大きく見開かれる。
「…ナナス…」
 何度も唇を重ねて。
 深く深く相手の舌を絡め合って。
 
 口付けは、シェンナ愛用のタバコの香りがした−−。
 ナナスが気が付かなかっただけなのかも知れない。
 いつでも味わっていた味。
 これは、シェンナのキスの味。
 
 そのままナナスが体勢をくずしてしまい、シェンナの上に覆い被さってしまう。
「あ、ごめんね…」
 頬を赤くして、ナナスがシェンナの上から起きあがる。
「別に悪くねぇよ。お前も今更照れるか、ナナス」
 からかい調子でナナスにシェンナが話しかける。
「ワン!!」
 子犬のナナスがいつの間にか二人の間から抜け出しており、遠くの方で吠えている。
「チビにまた気を使わせちまったか」
 シェンナがタバコを手に取り出しつつ言う。
「タバコ…」
 ふっとナナスが呟く。
「あん?」
「…その銘柄のタバコなら、シェンナのキスの味がするから吸えるかも……」
 
 ぼと。
 
「……………………ナナス」
 シェンナは指先からタバコを落としたことも無視して、ナナスの名を呼ぶ。
「なに、シェンナ?」
「お前さっきの言葉は人前で絶対言うなよ! 後お前、タバコは吸わなくていい!!」
「え? なんで?!」
「……っ……言うかっ!!」


 
 
 
俺が照れたなんて……
煙草に一瞬でも嫉妬したなんて……
この鈍感男には、
絶対に言ってやらない。

 
> るろうに剣心
るろうに剣心
 
> るろうに剣心 > 時つ鳥
2005/5/10
時つ鳥
蒼紫×操
 縁側で薫とひなたぼっこをしていた操は、はぁーっと大きな溜息をついた。
「操ちゃん? どうかした?」
 剣心と一緒に久々に京都に来た薫だが、操の表情が冴えていない事を不思議に思って問い掛ける。
 「うう…」と唸った後、ウルウルとした瞳で操は薫に縋り付く。
「薫さぁぁん、あたし早く大人の女になりたいよう〜!」
「え?え?」
 少し驚いて、それから薫はピンとくる。
「もしかして蒼紫さん絡み?」
「大当たり! 薫さんてばすっごーい! どうして分かったの!?」
 凄く分かりやすいという言葉を咄嗟に飲み込んで、曖昧な笑顔で「カンよカン」と薫は答える。
「一体どうしたの?」
 はぁっと操がまた溜息をつく。
「蒼紫様と外に出るとね、絶対に兄妹に見られるの! もうそれが悔しくって悔しくって! しかも気にしてるのは結局自分だけで…」
 
---きっと、蒼紫様もあたしの事は妹とでも思っているに違いなくて…蒼紫様と釣り合う様な、大人になりたい
 
 最後に小さく呟いて、えぐえぐと涙を零す。
 泣き出してしまった操の頭を優しく薫は撫でる。一瞬、子供扱いされたと思って操の頬は膨れるが、気持ちいいのかそのまま目を閉じた。
「早く、大人になりたいなぁ」
「操ちゃん、そんなに周りの目なんて気にしなくていいのよ。貴女が違うと思っていればそれが真実だし、今は今しかないんだから今の自分を精一杯楽しまなきゃ」
 「もったいないわよ?」と操の頭を撫でつつ答える。
「そうなのかなぁ」
「そうなのよ」
 クスリと薫は微笑んで、まるで昔の自分を見ているようで、親近感が沸くのを止められなかった。
 恵さんの大人っぽさに憧れて嫉妬した自分の少女時代が浮かんでくる。
 そして、今少女時代まっさかり、激しく色々な事で悩む操を楽しそうに見つめた。
 ふ、と顔を操の背後に向けて、いたずらを思いついた少女のように薫は笑う。
 
「それに、蒼紫さんだって操ちゃんの事を妹だなんて、きっともう思ってないわよ」
「ぇええ!? それは悔しいけどないと思うなぁ」
 顔を朱に染めて、操がアワアワと両手を振って否定する。
 
「じゃ、聞いてみちゃえば?」
 くすくす笑いながら薫が操の背後を指差す。
「ふへ?」
 指差す方向にくるりと操は振り返って。
 
 そのまま固まってしまった。
 
「私、お邪魔だから消えるね」
 にっこり笑い、ぽんと操の肩を一叩きして薫は立ち去っていった。
 
 
 
「ああああああ、あ・・お、し様…?」
 ぎくしゃくと、柱に背を預けて自分を見つめている蒼紫に問い掛ける。
「なんだ」
「まさか、全部聞いてた…?」
「…」
 無言の蒼紫の態度を肯定と受け取った操は恥ずかしくて頭が混乱する。
「うう…どうしよ…」
 そんな操をどう思ったのか、蒼紫が口を開く。
「…『大人になりたい』のくだりから聞いていた」
「あぁぁぁ、それってほぼ全部〜〜〜!?」
「そうなのか」
 さらりと蒼紫は言ってのける。
「そうなんです〜…」
 赤くなった頬を蒼紫に見られるのが恥ずかしくて、操はうつむいてしまう。
 と、蒼紫が操の傍まで歩き、片膝をついて縁側にしゃがみこむ。そしてぽんと、先ほど薫がしてくれたように操の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜるように撫でる。
 
「…蒼紫様?」
 なんだか暖かく、気持ちよく、操は顔を上げて蒼紫を見つめてしまう。
 
「ゆっくりでいい」
 「ふ」と、本当に微かに蒼紫が唇の端を持ち上げて笑った…ように操には見えた。
 ぱぁぁぁっと表情を明るくし、嬉しそうに操は頷いた。
「…はいっっ、蒼紫様っ!」
 ぎゅうっと自分の頭を撫でてくれていた蒼紫の腕に抱きつく。
 
 
 
 そんなに早く、大人にならなくていい。
 俺が、逆にお前に追いつけなくなるから。
 
 …お前と一緒に、ゆっくりこの感情を育てていく。
 ゆっくり、ゆっくり。
 
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