Demon's lantern march
豪&巧(高校生設定)
 それはいつものように、自分のミットに綺麗に収まった。
「ストライクバッターアウト! ゲームセット!」
 
Demon's lantern march 
 
 ぽつぽつとどこまでもやさしい小雨と、そのくせからっと照らす太陽の日差し、土と雨の乾いた香り。響き渡る審判の声と、どこまでも響き渡るサイレンの音。息切れしかかった呼吸。上がる歓声。聞こえる嗚咽。ベンチから飛び出すチームメイト。
 
 その風景は全てスローモーションのように、まるでセピア色の映画を見ているようにやさしく、どこまでもやさしく写る。
 ミットに収まっていたボールを手にとって、ぐっと握りしめる。立ち上がって、マスクを取る。そして自分の目に映るのは、そこだけ鮮やかに色のついたピッチャーマウンド。

 ピッチャーマウンドにたたずむあいつは。
 巧は濡れるのも構わず、じっと空を見上げていた。
 
「巧」
 
 呼びかければ、ふっと視線が自分の視線と合わさる。その交わした視線の距離、18.44メートル。自分と巧の、バッテリーと言う名の距離。
 その距離を一歩一歩、噛み締めるように縮める。
 巧と駆け抜けた6年間。それが走馬灯のように脳裏に過ぎる。
 
(あっという間じゃったなあ)
 
そして距離が、
 
ゼロになる。
 
 
 巧の右手を手に取る。いつもなら絶対に、無意識でも振り払うその右手は、今はとても大人しい。そんな事に気が付いてふっと頬が緩む。
 巧の視線は、自分の動きを全て見逃さないと言うかのように、鋭い。
「楽しかった」
 この試合も、6年間も全部。
 辛くて苦しくて何度もこいつのキャッチャーなんて辞めようと思った。何度もコイツと衝突もした。巧の球を受けるのは、自分が野球と向き合うのは、もう楽しいとか純粋に思える次元じゃないと思ってた。けれど今ただ思うのは一つだった。
 ゆっくり、巧の右手にボールを渡す。

「お前の相棒、返すぜ」
「ああ」
「スッゲー楽しかったな」
「ああ」
「これからはお前だけだぞ」
「ああ。俺は、投げ続ける」
 6年前から変わらない、誰にも縛られない、自由で孤高で、そしてなによりも投げることが全ての、巧らしい返事だった。
「どんなミットにでも、俺は投げ続ける。けどな----」
「豪!巧! 全国制覇だぞ!!」
「え?」
 巧の言葉の続きは、駆け寄ってきた仲間達の興奮の波によってかき消された。
 
「全員整列! 礼!」
『ありがとうございましたぁっ!!』
 挨拶の終了と同時にバラバラと皆動き出す。出口には取材陣が構えている。
 マウンドでは、土を袋に詰めたりするヤツや泣き崩れるヤツ。堪えたように下を向くヤツもいれば、かなりのハイテンションで喜びを表現するヤツもいた。
 
 晴れた空に、不思議にまだしとしとと小雨が降る。
 自分は、先ほどの巧のように空を見上げる。
 顔が濡れていくのなんて構わない。
 むしろその雨が、やさしい。空はどこまでも澄んでいて微かに七色の線が浮かぶ。

 巧が無言で、隣に佇む。2人で、空を見上げる。
 
「どんなミットにでも俺は投げる」
「ああ」
「だけどな」
 
 
きっと何年経っても思い出すのは、お前のミットなんだろうな
 
そうか
 
 
 
 通り雨はいつの間にかさらりと止んで、変わらず空は青く晴れ渡っていた。

> バッテリー > Demon's lantern march
2006/7/18 執筆 2007/2/18 一部改訂
NiconicoPHP