アマイユメナンテミセナイデ
※少しだけ痛いお話です。痛い話が苦手な方は引き返して下さい。
「甘い夢なんて見せないで」から続いております。
 腕の中で眠ったのか、気を失ったのか、静かになった乱菊をそっと布団に寝かせ直し、ギンは静かに外に出た。
 昼間、あんなにも晴れていた外はいつの間にか暗闇になっており、空気はきんと冷えギンの吐く息も白くなる。吐いた息に視線をやり、そのまま軽く跳躍ちょうやくし隊舎の屋根に腰掛ける。
 
 この建物に居る、大切な大事な人をどうやったら守れるのか。その答えは今でもギンの中で出てこない。
 ただ今この瞬間に自分が彼女に出来ることを為すだけ。たとえその行動によって彼女の傍に居られなくとも。そう思って行動してきたけれど。
「らんが怪我する時にいっつもそばにおられへんのはキツイなあ」
 はははと空笑いがギンの口からこぼれる。
 ひとしきりカラカラと笑って、ギンは神鑓しんそうを腰から引き抜くと、無造作に瓦に手をつけた左手を差し貫いた。手の向こうの瓦も同時にガシャンと鈍い音を立てて半分に割れる。
「右手はらんを守る手やから左手で堪忍しはってな」
 ザクザクガシャガシャと何度も神鑓を左手に突き立てる。 痛みも、飛び散り流れ出す血もまるで他人事のように行為を続ける。
 しばらくして、まるで自分に飽きたようにポイと神鑓をギンは手放した。そのまま瓦に大の字で寝そべり、瞳を閉じる。
 やたらに熱い左手と、それに反比例していくように冷えていく身体と。
「このまんま・・・ぜぇ〜んぶ放り出して眠れれば楽なんやろなぁ・・・」
 けれどそんな事は出来ないと、ギンには分かっている。
 
 
 
 
「・・・・バッカじゃないの」
 
 
 
 
 少し意識を飛ばしかけたギンの耳に、するりと流れ込んできた声。
 
「ううん、あんた本当の大バカだわ・・・っ!」
「ら、ん・・・ぎ・・・く・・・・・?」
 感覚すらもう感じなくなった左手に、それでも乱菊の手が触れるのを、ギンは確かに感じ取っていた。泣き叫びたくなるくらいにやさしいあたたかさ。
 乱菊は自分の着物の袖を引きちぎると、手早くギンの左手に巻いていく。
「本当に馬鹿。大馬鹿。あたしよりもヒドイ傷作ってどうすんのよあんた明日も仕事で一応隊長じゃないの早く起きて卯の花隊長に診てもらいなさいよ!」
 息継ぎする間も惜しむように一気に乱菊は言葉を爆発させた。
 は、と微かにギンが笑いをこぼす。
「・・・らんが心配してくれはるなんて、天変地異でも起ったんかなァ・・・」
 ひくひくと乱菊の眉間みけんしわがよる。
「ギンあんたねぇ・・・っ!」
 怒鳴ろうと思った声は、身体と一緒にその長い腕に絡め捕られる。
「・・・・・こんな甘い夢、みせへんといて・・・」
「・・・ギン」
 困惑して泣きそうな乱菊の声が、ギンの胸に吸い込まれていく。
 ぎゅうっときつく乱菊を抱きしめて、普段の笑顔などからはまるで想像できない表情で幸せそうにギンは微笑む。
「乱菊、これは夢なんよ?全部全部今だけの・・・・」
 とん、と軽く乱菊のうなじに手套しゅとうを下ろす。
 一瞬大きく瞳を見開いた乱菊はすぐに意識を手放した。
 
 乱菊をもう一度しっかりと抱きしめて、次にギンが面を上げたときには3番隊隊長、市丸ギンの表情が戻る。そうして何もなかったかのように、2人の姿は屋根の上から消えたのだった。
 
 
 
-アマイユメナンテミセナイデ
 
 
 突き放した意味がなくなってしまうから。
 離れた意味がなくなってしまうから。
 
 嫌いになってと叫ぶ自分と。
 嫌いになんてならないでと叫ぶ自分と。
 矛盾した感情と行動、制御できない自分自身。
 
 いっそ全て忘れてしまえればいいのに。
 
 
 それでも。
 
 
 それでも。
 
 
 ボクが絶対に忘れへんやろう唯一の。
 
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2007/1/17
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