甘い夢なんて見せないで
※少しだけ痛いお話です。痛い話が苦手な方は引き返して下さい。
ひまったらヒマったら暇すぎ・・・」
 寝床にうつ伏せでせっていた乱菊は、はぁと大きく深い溜息をはいた。
 窓からは燦々さんさんとした太陽の光が差し込み、わずかに見える空は雲ひとつない青空。
 それなのに乱菊は動かない。いや、動けないと言った方が正しい。
 うつ伏せで胸が少々(いやかなり)潰されて苦しいのだが、仰向けになれない訳があった。
 乱菊は背中の面にまんべんなく傷を負っていた。
 
 この怪我の発端ほったんを思うと「迂闊うかつだった」としか乱菊には言いようがない。まさか一度倒したハズのホロウが起き上がって、攻撃してくるとは思わなかったのだ。
 虚に背後を向けた瞬間に、無数の針のような刃が乱菊を襲っていた。
 全ての刃は貫通はしなかったものの、背中全体に傷を受けた乱菊は、かすむ視界の中でなんとか虚の止めを刺し、そのまま出血のためか気を失った。
 
 そして、現在に至る。
 
 背中の無数の傷は、4番隊隊長はな自らが治療をほどこし、深かった傷以外はほとんどふさがった。
 3日も休めば貧血も回復するだろうと卯の花に言われ、乱菊は仕方なく十番隊の自室で横になってはいるけれど。
 しかし深い傷は乱菊を仰向けに眠らせてはくれなかった。
「暇だわ痛いわ微妙に眠いわ・・・サイアク」
 この体勢で居続けるのにもいい加減肩が凝ってきた。
 外はあんなにも快晴なのに。
 しばらくボーっと窓の外を眺めて、それに飽きたのか、乱菊は枕に顔を押し当てて瞳を閉じた。
 
 
 
 軽く、夢を見ていたのかもしれない。
 
 
 優しくそっと乱菊の髪に触れるのは。
 愛しむように頬を掠める指は。
 全て、全て乱菊にとって違和感なく馴染む気配のもの。
 
 だから反応に遅れた。
 
 
「っっ!・・・くっ・・・ぁあああああ!!」
 突然襲ったあまりの痛みに、瞳を開けた乱菊だが、視界すらも痛みでチカチカと点灯する。
 
「あ、起きてもうたん? おはよう乱菊。お寝坊さんやね」
 そんな乱菊の悲鳴の中、まるで何事もないように掛けられた声。
 それはやはり乱菊にとって違和感なく馴染む、今はもう疎遠になった・・・市丸ギンの声で。
「・・・・っ・・・・ギ、ン?」
 声に反応して、そして乱菊はこの痛みを理解する。
 ギンが無造作に乱菊の背中に左手の指を押し当てていた。服越しに強く、強く。
 よりにもよって深い傷の部分を。
「手っどけなさい、よっ」
 あまりの痛みに口調がよく回らないながらも、キッっと横にいるギンに鋭く視線を上げる。
 ギンは普段通りの何を考えているかよく分からないキツネ顔で、にぃっと深く笑う。
 けれど僅かな市丸の感情に乱菊は敏感に反応した。
(苛立ち?)
 
「イヤや言うたらどないするの?」
 くすくすとギンが哂う。
 言葉よりも先に乱菊の腕がギンに勢いよく伸びる。ギンに背中を押さえつけられていて動けない、だから精一杯の反抗。
 パシっと、その反撃はギンの右腕によって遮られる。
遮られた指は、ギンが優しく優しく握り締めた。まるで宝物を扱うように丁重に。
 けれど。
「・・・・・くっ」
 背中に置かれた長くて骨ばったギンの左指は、まるで別もののように荒く乱暴に乱菊の背中を押さえつける。
 じわりと、背中の傷口が開いて血が寝巻きに滲むのが分かった。
「らんがいけないんよ? ボクの見てないトコで傷なんつけるんやもん」
 哂った表情のまま、ギンが乱菊の顔を覗き込んで呟く。
「・・・・っあんたにっ・・・そんな事言われる筋合いなんて、ないっっ!」
 
 自分から突き放したくせに。
 自分から離れたくせに。
 自分から消えたくせに!
 今更そんな奴に所有物のように心配されたって嬉しくなんてない!
 
 背中の圧迫が無くなった、と思った瞬間。くっっと襟元が緩められて、着崩されていた着物はあっけなく腰まで引き下ろされた。
「・・・っ」
 傷だらけの素肌に、空気がひんやりと触れる。
 ギンは全ての傷、一つ残らず見逃さないかのように乱菊の背中に指を辿らせる。先ほどとは打って変わって、その行為は優しく、時々走る痛みさえも甘く。
 この指先から伝わる温度は何を伝えたいのか、伝えたくないのか。
 流すまいと思っていた涙が、あっけなく乱菊の頬から転げ落ちた。
「なぁ乱菊、泣かんで?」
 自分勝手な男にますます嗚咽おえつは止まらなくなる。
 こぼれる涙をぬぐう様に、ギンが乱菊のまぶたに唇を寄せる。
「・・・あんたなんて・・・大嫌い、よ」
「うん、知っとるよ」
 嬉しそうに寂しそうにギンが頬を寄せたまま微笑んだ。
 
 
 優しくそっと乱菊の髪に触れるのは。
 愛しむように背を掠める指は。
 全て、全て乱菊にとって違和感なく馴染む気配のもの。
 そして一番、遠くなってしまったもの。
 
 自分から突き放したくせに。
 自分から離れたくせに。
 
 
 それでも。
 
 
 それでも。
 
 
 あたしが忘れられない唯一の。
 
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2006/10/12
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