とめどなく溢れる清水のような
喜助×夜一
 とても慣れた霊圧を感じて、ふっと浦原は書き事を止め顔を上げた。風を取り込むために開けておいた障子窓の縁、そこに月を背景にトンと佇む1匹の黒猫。
 
「夜一サン」
 少し目を見開いた浦原に、黒猫は「にゃあ」と一声鳴き、当たり前のように浦原の膝の上に飛び乗った。
「どうしたんですこんな真夜中に」
 そっと黒猫の艶やかな毛を撫でる。黒猫は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らし、浦原の腹部に顔を擦りつけた。
 
「仕事帰りじゃ。なんとなくお前が起きているかと思ってな」
 そう返事が返ってきた時には、腕の中には猫の姿ではない、人の重みとなった夜一の姿があった。にっと夜一は口の端を心なしか上げて微笑む。
 美しい褐色の肢体を惜しみもなく浦原の前にさらし、両手を浦原の頭部に回し軽く抱きしめる。
「もの凄く久し振りですね、夜一サン」
 夜一の肢体にうろたえる事もなく、浦原はむしろ楽しそうに夜一の髪一房を手に取り口づけた。
「そうじゃのぅ、3月程振りかの」
 さらりと、会っていなかった日数を口にし、
「喜助が儂の事をそろそろ恋しくなる頃かと思うてな」
 自信に満ち溢れた、聞き様によっては傲慢な言葉を囁く。
 しかし、夜一が紡ぐ言葉はからりとしていて、嫌な気分など全くしないから不思議だ。
(普通これって男が言うセリフですよねェ)と、浦原の頭に過ぎりはしたが、
「夜一サン、男前」
 浦原は呆れるどころか逆に感心したように言い、へにゃぁっと表情を崩した。
 それを見て、イタズラが成功した子供のように、嬉しそうに夜一は笑った。
 
 このからっとした気質の彼女だから、浦原は惹かれたのかも知れない。何にも縛られない、捕らえられない夜一だからこそ。
 この気持ちは一言では片付けられないと浦原は思う。まるで滾々と湧き出す清水のような、決して止まることはないこの心情は、なんと言えばいいのだろう。
 言葉に出して伝えることは出来ないけれど、この熱から伝わればいいと、浦原は思った。
 
「ねェ夜一サン。全身全霊で伝えますから」
 主語の抜けた浦原の言葉に夜一は、 
「そんな事等の昔に知っておるわ」
 
そう言って、浦原の額に口付けを送るのだった。
 
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2006/8/23
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